5人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「帰ったぞ。これ人数分買ってきたんだけど…」
様子を伺いつつ、二人に声をかけた。
「おかえりなさい」
妻は答えてくれたものの真顔だった。娘は下を向いていた。
「…何だ?」
「成績のことでちょっと話してたの」
どうやらあまり良くないらしい。妻が定期テストの結果が書かれた紙を持っていた。
「悪いのか?」
「良くないわね。これ以上落ちたら公立高は受けられないって。きょう面談だったのよ」
知らなかった。家のことは妻に任せきりで無頓着。今更口を出す気にはなれないが、いまのこの空気は耐えがたいものがある。
「その話は後にしないか? ケーキ食べよう」
俺だけ食事の前になるが、ここは仕方がない。太ったらいま以上娘に嫌われるかもしれないと思いながらテーブルに箱を置くと、娘が顔を上げた。
「私の誕生日覚えてたの? 母さんは忘れてるみたいだったのに」
「忘れてないわよ。それと成績は別の話で」
「別なら一旦後回しにして…」
言い合っていると電話が鳴り、妻が動いた。
受話器を取り、話し始める。最初はかしこまっていたが、相手が実の妹であると分かって軽い口調に変わった。スマートフォンの調子が悪いため固定電話にかけてきたらしい。
「なるほどね」と話を進めている。
言い合いから逃れられたのはいいが、娘と一対一で向かい合うのは何か気まずい。余計なことは考えずに話を続ければいいのだろうが、普段避けられていることを思うと言葉が出てこなかった。
ケーキを乗せる皿でも出そうかと席を立つと、娘が声を出した。
「父さんにも良いとこあるんだね」
「…いま気付いたのか」
「知ってた」
「なら、何で避けるんだ?」
思い切って訊いた。
「さあ」
「さあ、って…」
「別にこうだからって理由ない」
「なら別に避けなくても」
「そう言われても」
せっかく少し近付いたのにまた遠ざかってきた。悪化しても困るので話を引き下げることにした。
「まあいい。ケーキ食べようか」
「…うん」娘はどこかぎこちなく頷いた。「そういえば父さん晩ご飯は?」
「会社で済ませた。いつもそうしてる」
「大変だね」
「…まあな」
俺は皿を並べながら答えた。また何を言えばいいのか分からなくなってきた。それは娘も同じだったようで、黙ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!