私が飛び立つ日

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「鶴田さんはさ、機(はた)を織れなくなった鶴を手元に置いておくと思う?」 「なんで、そんなこと言うの……? 狩野さんは美姫ちゃんのこと、何も知らないのに」  憧子の言葉はひどく抽象的だが、なにを言おうとしているのかはわかった。  これまでに鶴田という名字のせいで、何度揶揄われたかわからない。  だからこそ、ひどくショックだった。  美姫について言われたことを、そして憧子がそんなふうに言うことを。 「何も知らないから言えることだってあるんだよ」 「ごめん、よくわかんない……」 「そう……」  わからないふりをした私に憧子はそれ以上、なにも言おうとしなかった。   その後は互いに無言のまま、実験は進んだ。  いつもならば時間が足りずにちゃんと書けないノートも今日はきっちりと書くことができた。  それはきっと一緒に実験をしているのが憧子で、準備や片付けを色々とやってくれるからだとは気づかないふりをした。 ***  授業を終えた私は教科書や筆記用具を持ったまま、いつの間にかいなくなっていた美姫を探すために実験室を飛び出した。 「美姫ちゃん、どこ行ったんだろう……」  美姫の行きそうな場所を考えてみるが、教室以外に思い浮かばない。  美姫がそばにいないことに、私はひどく焦りを覚えていた。 (なんで、どうして。私、ずっと美姫ちゃんの友達なのに……) 「それに早く謝まらないといけないのに」  そうすれば、これまでと同じように美姫のそばにいることができる。  そんなことを思っていた私の耳に美姫の笑い声が聞こえてきた。 「女子トイレ……」 (よかった、ここにいたんだ)  そのトイレは普段はあまり生徒が使うことはなく、美姫にはなんだかひどく似合わない場所だった。 (ごめんね、美姫ちゃん。私が悪かったの。あの時の私はどうかしてたの)  私が謝りさえすれば、また元通り美姫と友達に戻ることができる。  この時まで私はそう信じていた。 「みきちゃ、」 「ねえ、さっきの鶴田さん、あれなに?」  トイレの中に向かおうとしたちょうどその時、同級生のひとりが美姫にそうたずねた。そっと中をのぞくと美姫と数人の同級生は手洗い場の前に立っていた。 「昼休みの、ほんとやばかったよね~」 「てか、まじで鶴田さんやばくない?」 (やめてよ、そんなこと言わないで……)  さっきの私は少しどうかしていたのだ。  だから必死に美姫を探して、こうして謝ろうとしているのだ。  あれが何だったのか。どうしてあんなことを言ったのか。  そんなの私自身が一番わからないのだから。 「わかる~。だって、あの子、ずっと美姫の隣にいるし、他の子と話してるとことか見たことないもん」 「美姫はわかる? 鶴田さんとずっと一緒にいるんだし友達なんでしょ?」 「ん~?」  同級生の言葉に美姫はすぐに返事をすることはなく、鏡をのぞきこんで綺麗なピンク色のグロスを塗り直していた。  この時、私は初めて美姫が化粧をしていることを知った。 「さあ、わかんない。だって、あの子のこと友達って思ったことないもん」 (え……)  美姫が何を言っているのか私には理解できなかった。  そんな私を置き去りにしているとも知らない美姫は言葉を続ける。 「友達って言っとけば、美姫の掃除とか日直とか勝手に代わってくれてすごく助かってるけど、それだけかな」 「やだ、便利~!」 「私も友達って言ってみようかな。ちょうど明日日直なんだよね」  その後の美姫達の会話は覚えていない。  私は聞こえてくる楽しそうな笑い声に背を向けて、気付けば実験室へと戻っていた。このまま教室に戻って美姫を見れば、皆が言っていたやばい私になってしまいそうで恐かった。
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