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新徴組
京の治安と尊王攘夷派の取り締りに奔走した新選組は有名だが、その新選組を凌ぐほどに屈強だったともいわれる剣客集団、新徴組はあまり知られていない。
江戸の警護を担った彼らも新政府軍の東上により任を解かれ、庄内(山形県)藩士と共に新政府軍との戦いに参戦することになった。
物語の始めは、その庄内戦の一部である。
杉木立を吹き抜ける風とともに、草木が不自然な音をたてた。中沢琴は素早く後装式のスナイドル銃の銃床を肩に当てた。
多くの庄内武士たちと同じく、銃を持つことには抵抗があった。相手の目も見ず敵を倒す銃は、武士道の刀とは相いれないものであるからだ。浪士組から新徴組へと付き従ってきたのは銃を撃つためではない。
『引ぎ分げではだめだ。何があんべど勝だねばなんね!』
二十六歳とまだ年若き庄内藩中老・酒井了恒(玄蕃)の意志は固かった。初めて相まみえたあの日から、玄蕃さまの期待にこたえなくてはならないと中澤琴は強く思っていた。武士道へのこだわりと近代兵器である銃を軽視した先にあったのが、会津の悲劇だったからだ。
弾薬は装填された一発しか残っていない。だが恐れはない。刀はあるのだから。
藪の陰から現れた敵は十と数名、対するこちらは一人。素早く確認した目に映り込んだのは旧式のゲベール銃とミニエー銃。百戦錬磨の薩長ではない。この多勢に無勢、ひとつの救いはそこだった。
続けざまに銃声が響き琴は身を低くした。先込め銃は狙いが定まらない上に次の装弾まで時間がかかる。
立膝で撃ち放ったスナイドル銃でひとりが吹き飛んだ。銃を置き鯉口を切るやいなや同田貫を抜いた。ひとりを相手に銃は不要とばかり、男たちも抜き連れた。正眼に構え、右から左へと目を見据える。それだけで力量は分かる。
逃げるなら今のうちだよ雑兵ども。胸の内でつぶやいた琴も、ゆっくりと左へ動いた。
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