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時代が押し流してゆくもの
額の鉢金からこぼれた一筋は、赤い丸打ち紐で引き結んだ総髪の黒髪。気配を探る動きに合わせ、着込みの鎖帷子が微かな音をたてた。
硝煙の匂いの中、視線を追うように上がる細い頤の先を、風に吹かれた煙が渦を巻く。時代という名の抗い難いものに押し流されてゆくのは、霞か雲か、それとも取るにも足らぬ塵芥か。
癒えたと思った左の踵に負った刀傷に顔をしかめた中澤琴は、ふぅと肩で息を吐いた。腰紐で絞めた袴仕立ての細いだん袋は草汁と土にまみれ、透き通るように白い頬に赤く滲むのは激戦の中で負った傷。
細身の腰に差すのは二尺五寸、一切の装飾を省いた肥後の剛刀・同田貫。このいで立ちが女であるとは、いったい誰が思うだろう。
絶え間なく耳を圧する四斤山砲の砲撃音が、賊軍の汚名を着せられた紅の陣羽織を嗤うように胸を叩く。
右腰にスナイドル銃を携え、左手で同田貫の鞘をつかんだ中澤琴は、江戸薩摩藩邸焼討ちで負傷した左足を庇いながら、起伏の激しい草の原を進んだ。
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