四転び

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四転び

「やっぱり」 「ニンテンドースイッチと他のゲーム機の区別も付かない」 「うちの親父も」 「サバ缶で買収企むわくまもん殺すわ」 「熊本出禁じゃん」 「それとは別にアンタは対象外」 コイツは地雷を踏んだ。 いくらやきもきしてたからって、父親絡みのトラウマにいきなり切りこんでくるヤツあるか。 荒っぽく席を立ち、店の出口に向かいかけた時、居合わせた人たちのスマホが一斉に鳴り出した。 「何?地震?」 「政府の緊急速報だって」 ビーッ、ビーッ。真っ赤な文字が液晶を占める。鳴り響くスマホ。階下で騒音が巻き起こる。 「見ろ、人が食われてる」 皆、一斉に窓に殺到する。ファーストフード店の二階から見下ろす交差点じゃ、人が人に噛み付いていた。 「映画のロケじゃないの?」 「顔色が青通りこして黒いのも特殊メイク?リアルだなー」 スマホを取り出してのんきに撮影する客をよそに、脳裏で警鐘が鳴り響く。 「撮影にしちゃ変。カメラ一台もないし」 「ドローンで撮ってんじゃねえの」 「飛んでないっしょ」 告白の成否もド忘れ、スマホでパシャパシャやってるバカ男子を一喝。何かこれ、マジでやばいかも……。 咄嗟に体が動いた。陸上部の杵柄だ。 「早く逃げたほうがいいよ!」 窓に張り付くお客さんたちを急き立て、コートを抜けて階段に直行、うっと呻く。 口元が血まみれのゾンビの群れが、狭い階段を這いずってくる。 詰んだ。 その時、脳裏に声が響く。 『ゾンビ映画のお約束その1。ビル内の階段は使うな』 あれは私が小学生の時、アイツが借りてきたDVDを一緒に見てた。B級と呼ぶのもおこがましい、馬鹿馬鹿しさの極みのゾンビコメディだ。 『なんで?』 『逃げ場がねーからさ。階段って一本道だろ、下からドドッてきたら詰む。上からズダダッてきても詰む』 『じゃあどうするの』 『使うんなら非常階段だ』 『外は危ないんじゃないの?』 『非常階段は見晴らしがいい、上や下にゾンビがいたらすぐわかる。大抵壁面にジグザグに沿ってっから死角が少ないんだ、近くに配管や室外機が付いてりゃ足場も確保できる』 『丸見えじゃあ……』 舌打ちに合わせ人さし指を振る。 『場所にもよるだろうが都会のど真ん中なら外にだれもいねーってこたまずねー。目の前に餌があんならそっち優先すんのが本能ってヤツよ、階段ちょこまかしてんのを追いかけるゾンビは少数派と考えていい』 『飛び移るの?』 『万一の時は』 『高いとこ怖い……』 『だったらお父さんがおんぶして跳んでやる、しっかり捕まってろ』 『うん!』 ビルの一階と二階はファーストフード店、三階は整骨院……だっけ?てことは、上にも人がいる可能性がある。挟み撃ちジエンドを避けるなら非常階段に行くべき。 ゾンビだって、わざわざ外付けの階段を使いはしないはず。 即座に方向転換し、廊下の突き当たりの鉄扉を開けた。
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