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六転び
コンクリに膝を付き、震える手でスマホのボタンを押し、かける。
ツーツー、不通。繋がらない。電波がきてない?それとも……最悪の想像に絶望が募り行く。
悩んだ末、アイツにかける。
出ない。
「おんぶで跳んでくれるって言ったじゃん。ウソツキ」
目の前がぼんやり霞む。
ふたりとも、殺されちゃったの?帰り道は見失った。へりから下を覗き込めば、ゾンビが通行人の死体に群がり、強烈な吐き気がこみあげる。
「おえ」
もうやだ。
どうしたらいいの。
屋上から屋上へ、飛び移って逃げまくるのも限界。食べるものはどうするの?私はゾンビじゃない。死体なんて食べられない。
「おーい、助けてくれー!」
弾かれたように顔を上げる。周囲を見回す。私がいる場所から30メートルほど離れたマンションの物干し場に、親子が取り残されていた。
「大丈夫ですかあ!」
「僕は噛まれてません。君は?」
「軽い打ち身だけです」
「よかった……家で仕事をしてたらピンポンが連打されて、ゆ、ゆき、妻がドアを開けたら突然隣の人が」
男の人の声が震える。腕の中の子供が泣きじゃくる。言葉を失い、さらに視線を巡らす。飛び石のように孤立した屋上には、それぞれ人が取り残されていた。お年寄りも子供もいる。
スーツを着たサラリーマン、ОL、髪を染めた学生っぽい人たちも。
ゾンビがなだれこんでこないように、屋上に通じる扉には突っかえ棒がしてあった。
他にも生き残っている人を目視した安堵が心の片隅に灯る。
家族を食い殺された人たちの気持ちを思えば、喜んでなんていられないけど……。
女の子を抱っこした男の人の後ろに、ギクシャクした影が迫る。
ゾンビ。
「後ろ!」
扉は塞いでるのに何で?待って、僕「は」噛まれてないって……噛まれた奥さんを見捨てられず、屋上に連れてきたのだとしたら
「起きたのかゆき。僕だよ」
「さっさと逃げてください!」
「ゆきは大丈夫、腕をちょっと噛まれただけ、感染なんてしてません。言い忘れたけど僕は医者なんです、歯科医。彼女は歯科助手で職場結婚……」
「脳味噌に麻酔キメてんじゃねえ、さっさと逃げろ!」
頭の中でプチンと理性が切れ、口汚く急かす。
周囲からも逃げろ逃げろの大合唱が沸き起こる。男の人が力なく首を振ってあとじさる。
「い、医者だからわかるんです。彼女は大丈夫、傷口はすぐアルコール消毒したし……僕とかなを襲うわけない、だよなゆき、わかるよな」
助けに行く?間に合わない。屋上の端っこに追い詰められた男の人。ゾンビ化した奥さんに食われるか背中から落ちるか、絶体絶命の二択。
セミロングのゾンビが口を開く。
「~~~~~~ッ!」
手も足も出ず見ているしかない私の眼前で、ゾンビが男の喉にかぶり付く。頸動脈を噛みちぎられ、ここからでも見えるくらい血がしぶく。
ゾンビに押し倒された男の腕から女の子がすりぬけ、空中へと投げ出される。
「父親なら子供守ればかぁ!!」
風を切って垂直落下―見たくない―肉が潰れる音が
「ナイスキャッチ!」
若く瑞々しい声が響き、おそるおそる薄目を開ける。
父親が絶命したビルの下、滑り込んだトラックの助手席から上体を乗り出し、両腕で子供をキャッチした男がいる。
それより驚いたのは―……
「お父さん」
子供を助けたのはダメ男だった。
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