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七転び
トラックを運転してる若者に肩を突かれ、振り向いたアイツが驚愕。次の瞬間意を決し、懸垂の要領で窓からトラックの上に移動し、体一杯手を振る。
「真澄ー!!」
なんで?
意味わかんない。
ご都合主義の極み。
「どうしてここにいんの」
「水曜日は部活休みだろ?この時間ならガッコ帰り、お前の性格からすると直帰はありえねー、駅前で遊んでるってあたりを付けた。携帯通じねーから乗り捨てられたトラック飛ばしてきたんだ」
ニンテンドースイッチと他のゲームの違いもわかんないくせに、なんで陸上部が休みの曜日、ばっちり把握してんのよ。
放課後どこ遊びに行くか知ってんのよ。
お母さんに聞いたの?
私のこと、どうでもいいんじゃなかったの?
「運転してんの誰よ!」
「俺のダチ、一緒にバックレた!」
トラックの中の女の子はギャン泣き、ここまで声が届く。
「むかえにきたぞ!」
「全方位ゾンビ詰めだよ!」
切羽詰まって声を張るアイツの足元に、うぞうぞゾンビが寄ってくる。
やだやだやだ嘘、神様一生のお願いアイツを助けて……
両手を組んで祈る。
アイツがトラックの上に仁王立って深呼吸、堂々と片手を挙げる。
それを合図にトラックの荷台が開いて急傾斜、膨大な量の銀玉がぶち撒かれた。
「ゾンビ映画のお約束その108、必殺パチンコ玉!」
「煩悩ぶん水増ししてんじゃねえ!」
地面になだれ落ちた銀玉を踏ん付けてゾンビが滑る、転ぶ、起き上がってまた転ぶ。七転び八起きすら許さない惨状だ。
「ざまーみさらせ、コイツがやりたくてパチンコ屋突っ込んだんだ。物量で押す作戦よ」
トラックの上で中指を立てるアホ。アレと血が繋がってるなんて信じたくない。ホント悪夢。
でも、よかった。
「……パチプロ、やるじゃん」
ふやけきって半笑い、悔し紛れに認める。
トラックがパチンコ玉を弾き飛ばして爆走、私が取り残されたビルに猛然と向かってくる。
「おりてこれるか」
「うん」
待ちきれず配管にしがみ付き、ゆっくりとおりていく。ハラハラ見守るアイツが配管の根元に掴まり、こっちに手を伸ばす。
「スカートん中見ないで」
「目ェ閉じてるから早く掴まれ!」
「お母さんは無事なの、電話でない」
「これからむかえに行く。先に回収しねーとどやされちまうから」
「お荷物かよ」
「宝もんだよ」
それはきっと、わざわざ授かり婚と言い直すほどの。
配管が不吉に軋んで傾ぎ、咄嗟に手を伸ばす。転落間際お父さんに腕を掴まれ、背中に飛び移る。
広い背中のぬくもりに包まれ、約束を破った際の罰を思い出す。
「指きりげんまん嘘吐いたらパチンコ玉鼻に詰められるだけ詰めて飛ばす、だっけ」
「守ったからチャラな」
『ねえ、もし私がゾンビになっちゃったらどうする?』
ゾンビ映画を観てる時、ポツリと呟いた。
『倒す?殺す?』
『んー。食われる』
『えー?痛いよ』
『甘噛みで頼む』
『殺さないでいいの?』
パソコン画面ではゾンビが芝刈り機で轢き殺されていた。
アイツは胡坐をかいた膝の間にちょこんと私を抱き、とてもいい顔で笑った。
『愛娘にスネ齧られんのは親父の甲斐性だから』
世界の終わりは案外あっけない。お母さんが生きてるかもわかんない。
だけど、むかえにいくね。
「腹がへったらサバ缶食え」
「景品交換所からパクってきたの?」
「緊急事態だ、許せ」
「板チョコがいいな。小さい頃よくくれた」
「胸焼けすんだろ」
「それもそうか」
暴走トラックが勢いよくゾンビをはねとばす。ウインドウでゾンビの手を挟み潰し、血相変えた運転手が「早く!」と叫ぶ。
七回転んだ後に漸く巡ってきたチャンス、今度こそモノにしなきゃバチ当たる。
「ダメ男、返上してね」
お父さんの首元に顔を埋め、力一杯抱き締め、もう少しだけ世界が続きますようにと祈った。
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