ブドウの種

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ブドウの種

 小学校5年生の隼人は、クラスで1.2を争ういたずらっ子で有名だった。女性教師のスカートをめくってみたり、掃除の時間には友達にバケツの水をかけたり…。毎日いたずらをすることが楽しくてたまらなかった。  そんな隼人が一番好きないたずらは下校途中にやるいたずらだった。それは、赤い屋根の一軒家に飼われている黒い柴犬に向かって"ブドウの種"を投げつけることだった。そもそもこのブドウも道すがらの農園でつまみ食いしたものだからたちが悪い。  ある日隼人が下校中、いつものようにブドウをつまみ食いし、種を仕入れてから黒い柴犬がいる家に向かった。そしていつものように腕を振りかぶると、家の中からお婆さんが出てきた。  「あなた、そこで何しているの?」  「え、何でもないよ…」  「そう…最近家の庭にブドウの種らしきものが沢山落ちているんだけど、あなたの仕業だったのね。」  「うん…。ごめんなさい。」隼人はいたずらっ子だが、叱られた時はすぐに謝るようにしていた。その方が、沢山叱られずに済むことを知っていたのだ。  するとお婆さんはニコリと笑って手招きをした。  「素直でいい子だね。少し上がっていきなさい。」隼人は家の中で叱られるのを警戒しながらも、お婆さんの言うことに従った。  お婆さんは温かい緑茶と、お煎餅を出してくれた。給食の時間からしばらく経っていたため、隼人は空腹だった。無心でお煎餅を4枚腹に入れると、緑茶をすすった。とても優しい味だった。  「さ、腹ごしらえは済んだかい?そしたら庭に出てごらん。」お婆さんは着いてくるように隼人を促した。  お婆さんに着いて庭に出ると、今まで隼人が投げ入れたであろうブドウの種たちが、古い洗面器に、洗面器の底が隠れるくらい入っていた。  「さ、庭の端の方に空きスペースがあるだろう。そこに少し穴を掘って、蒔いてくれないかい。」隼人はお婆さんから洗面器を渡された。  何で自分がこんなことをしなければならないのか疑問に思ったが、お婆さんの言う通りにやってみた。最初はつまらないと思っていた作業も、段々と楽しくなってきた。  「お婆さん、もしかしたら芽がでるのかな?そしたら美味しいブドウ沢山食べられるかも!」隼人は未来のブドウ畑を想像して心が踊った。  「もしかしたらね。いたずらするのもいいけど、こうやって少しずつ何かを育てるのも楽しいもんだよ。」そう言うお婆さんの言葉には、大きな説得力があった。  それから3年ー。隼人は中学2年生になっていた。お婆さんと出会って以来、下校途中にお婆さんの家に寄り、ブドウの世話をするのが日課になった。  種を蒔いた翌年には芽を出したが、実をつけることはなかった。3年目になると、しっかりとしたブドウの枝からは芽が出て、やがて春先にはブドウの形を連想させる花が咲いた。桜の花や朝顔のように綺麗な花ではないが、隼人にとってはどんな綺麗な花よりもいとおしかった。  「お婆さん。花が咲いたよ!今年は実ができるかもね!」隼人は嬉しそうにお婆さんに報告した。  「それは良かったねえ。隼人くん、よくブドウの世話しに来てくれたもんねえ。」お婆さんも一緒になって喜んでくれた。  その年の夏、お婆さんは持病の肺炎をこじらせ、亡くなった。隼人の心の拠り所が無くなってしまった。  それからしばらく、隼人はお婆さんの家に行くことができなかった。下校途中、通りかかるといつもじゃれるように鳴きながら寄りついてくる柴犬のクロもいなくなっていた。きっとお婆さんの家族が引き取ったのだろう。  お婆さんが亡くなって2週間ほど経った頃、下校途中にお婆さんの家を通りかかると、この日はなぜだか庭に入れるような気がした。あの時のように、お婆さんに呼ばれているような気さえしてきた。隼人は、お婆さんが生きている時のように方開きの小さい柵を開けて庭に入った。すると、ブドウははちきれんばかりの立派な実をつけていた。房は多くないが、初めて実がなったブドウに、隼人は感動を抑えられなかった。  「お婆さん見てるかな?立派なブドウができたよ!一緒に食べたかったな~…」  隼人はハサミで収穫した一房のブドウから、一粒をつまんで口に入れた。甘酸っぱく、みずみずしいブドウを種ごと噛みしめると、隼人の目からは一筋の涙がこぼれ落ちた。  「お婆さん、本当にありがとう…こんな僕を変えてくれて。」  隼人はそう呟くと、もう二度とお婆さんが隣に座ることはない縁側に腰掛け、日が暮れるまでブドウ棚を眺め続けた。  
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