幸福の在処

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「こちらこそ。あの、今日は何用でこちらに?」 「今日は父と兄と知り合いの紹介でこちらに来たのです。……ですが、わたくしはこういった場は好みではありませんの。こうして外を着飾ったとて、西洋人になることなど出来ないのですから。何を好んで、このようなことをするのか(はなは)だ疑問ですわ」  つい愚痴のように零してしまった知紗だったが、それを勝春は否定しなかった。 「確かに。幼心によく覚えていますよ。江戸で志士達が血気盛んに異人排除をしようとしていた時を。今じゃ、西洋に負けじと頑張ってはいますが」  その言葉に、知紗は口にしていた。 「……わたくしは何をしても満たされないのです。この場所はどのような人でも来られるような場所ではない。それが自慢なのだと父や兄は話しておられました。それが(ほまれ)だとしても、わたくしには関係のないこと。何もないのです。あの輝くものも手に入れることなんて出来ない。何もかもが、遠いのです」  知紗は無意識に手を空に伸ばしたが、そこまで言って知紗はハッとして勝春の顔を見た。 「何をしても満たされない、とはどういうことでしょう?」  勝春の表情は実に真剣だった。人の真剣な表情を見たのは、いつ以来だろうか。いつも自分の話すことは軽くあしらわれていた。言ったところで真剣に話など聞いてくれはしなかったからだった。 「このような話、聞き流して頂いてよろしかったのですよ?」  知紗は手を下ろし、ぶっきらぼうに言いのけると視線を逸らした。 「そこまで吐露されているのを、見捨てろとおっしゃるのですか?」 「!?」 「私で良ければ、話を聞きましょう」  勝春は(てのひら)を知紗に向けた。夜闇でもはっきりと見える大きな手。今まで包み込まれたことがなかった優しさが知紗に込み上げていた。
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