幸福の在処

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「……幸せ、ですか?」 「はい。皆が幸せだと語るのは、余程嬉しいことがあった時でしょう?わたくしにはそれが無いのです」  風に当たりながら、知紗は少しして勝春にそう話した。自身の抱えることを話したのは家に仕える女中以外には初めてのことだった。 「つまり、余程嬉しいと思うことが無かったということですか?それは一体何故です?」  ふたりは立ったまま、西洋館ホテルを前にして話す。 「何故、と申されましても困るのですが……」  知紗はそう話すも、勝春は真っ直ぐな瞳で知紗を見つめている。 「では、貴方様が余程嬉しいと感じるのはどのような時なのでしょう?先に教えて下さいませ」  知紗には『幸』が、皆目見当つかなかった。そしてそのことを疑問に感じることさえしなかったのである。 「余程、嬉しいことですか……」  勝春は暫く腕を組んで考え込んでいたが、やがて顔を上げ 「兄が嫁を貰ったことは大変嬉しかったですよ。流矢家を継ぐのは兄ですから、ようやく腰が落ち着いたと父上や母上は申しておりました」  そう、知紗に話した。 「…………それが、嬉しかったことですか?」 「はい。何せ、夫婦(めおと)になるというのはどの家でも大層嬉しい話だと思いますが」  知紗は思わず考え込んでしまった。今までそういった経験がない。兄が嫁を貰うといった話も聞かない。東雲家が可笑しいのだろうか。 「あの……夫婦になれば幸せになれるものでしょうか」  知紗の両親は実に仲睦まじかった。知紗は親戚から両親のように仲の良い夫婦もそういないのだと聞いたこともあった。  だが、その夫婦仲も母が死んだことで崩れてしまっている。それ故か、勝春の言葉は知紗にとって驚きの方が勝ったのだ。 「え、あ……いや……それはどうか分かりませんが……」 「では何故(なにゆえ)そのようなことを?」  知紗の疑問は膨らむばかりだった。勝春の話すことは理解出来るが、やはり『幸』を感じ取ることは出来ない。
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