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「んー……」
勝春は知紗の思いを受け取ろうと、再び腕を組む。すると少しして「あっ」と声を上げた。
「人は笑うと、幸せを感じるのではないですか?例えば、両親が笑っていると、つい笑顔になりませんか?」
「笑う……」
ふいに知紗は思い出していた。いつの事かは定かではないが、まだ兄と両親と笑っていた時を思い出したのである。
「このようなことを貴女に話すのは違うかもしれませんが……笑っていれば、何かしら『幸』が巡って来るそうですよ」
「まぁ、なんと。本当にそのようなことがあるのですか?」
思わず知紗は苦笑した。
「……それですよ」
一瞬、知紗は言われたことを理解出来ず、勝春を見つめた。
「笑ったではありませんか。可笑しなことでも、今の貴女の笑みは嘘ではないと思いますよ」
勝春は知紗を見つめ続けている。
「え、えっと……その……」
言いたいことがあるにも関わらず、その言葉が出て来ない。そう、その様は母の有凪に伝えたにも関わらず、一切答えが返って来ないまま言葉が消えた、あの感覚とよく似ていた。
ただ知紗の疑問は増えるだけで、言葉が上手く伝えられない空白が過ぎていくのだ。
「……わたくしは、どうすれば良いのですか?」
知紗は胸に手を当て、勝春を見上げた。
「貴方様にお伝えしたいことがあるというのに、言葉が……分からぬのです。分からぬことは何度も聞いて参りました。それでも……気は、晴れませんでした。皆に聞いてばかりで、伝える術を見失ったのだと……今の今まで、何故気付かなかったのでしょう」
今思い返せば、知紗には『ありがとう』と自ら言った記憶もなかった。
「……無理に伝えなくとも良いではありませんか。何か自分の中で思うことがあるのなら、私はそれ以上を求めたりはしません」
勝春はあくまで知紗に寄り添うように話すが、その声掛けに知紗は益々心苦しくなる。
「それは、貴方様の言葉でしょう?世間の思うことではございませんもの」
「……では、くだらないと?」
「え?」
暫く、沈黙がふたりを包んだ。風の音が間をすり抜けていく。
「くだらないと、自らおっしゃるのですか?」
「貴女にとってはくだらないことなのでしょう?幸せが分からないと言えば世間を考えている……その様は実にくだらず、滑稽かと」
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