第二章 帰還勇者の事情

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第二十五話 証拠  少女が貴賓室に入って、護衛が扉の前を、メイドが内側を調べている為に、ヴェルとパウリはユウキに念話を繋げた。 『二人には、悪かったな』 『いいですよ。マイにも頼まれましたし、未来の国王の側近に恩を売るチャンスですからね』 『ヴェル。俺は、宰相になるつもりはない。異世界と地球の秘境をめぐる旅がしたいと思っている』 『ユウキもヴェルも、その話はマイがなんとかすると言っていたでしょ。それよりも、ユウキ。護衛の一人で間違いはなさそうよ』 『わかった。パウリ。助かる』  わざわざ手が足りているのにも関わらず、ユウキがフィファーナから、ヴェルとパウリを呼び出したのは、二人のスキルを当てにしていたからだ。  パウリは、”スキル記憶遡及”を持っている。  対魔物では、不遇なスキルだが、対人。特に、権力闘争を行う者にとっては、手元には欲しいが、相手方には居て欲しくない。効果は、仲間内には知られているが、”時間”をさかのぼって、記憶をたどれるというスキルだ。  ヴェルは、悪意を感知する”スキル悪意感知”を持っている。自分に向けられた悪意だけではなく、他人に向けられた悪意も感知できる、極悪なスキルだ。二人に協力してもらって、少女に向けられている悪意と悪意の理由を探ってもらった。  その結果、ユウキたちは一人の人物を特定した。 『ありがとう。護衛の隔離は、こっちでやるから、お嬢様を頼む』 『了解』『了解。あっユウキ!今週の週刊誌を頼む』 『え?送ったよ?』 『お前が管理しなければならない、馬鹿が燃やした』 『わかった。全部?』 『マンガだけでいい。他の奴は無事だ』 『新聞は?』 『サトシが新聞を読むと思うか?』 『サトシって言っちゃっているよ。そうすると、サトシが読んでいた物が燃えたのだね』 『そうだ』 『わかった。買っておくよ』  無駄な念話で和んだところで、ユウキはミケールを呼び出す。  ミケールは一度、少女のところに言って、話をしていた。少女と話をしたあとで、承諾を得るために、主人に連絡をしていた。 『ユウキ様。確認したいことがあると伺いました』 「そう。護衛の・・・」  ユウキが名前を出すと、顔色が変わった。  心当たりがあるようだ。 『その者がなにか?』 「ミケール殿。隠し事は、”無し”で、お願いします。名前を上げた者が、お嬢様に毒物を投与している可能性があります」 『っつ!やはり』 「心当たりがおありなのですね」 『奴は、お嬢様の兄君が・・・』 「そちらの処理は任せます。今、私の仲間が証拠を抑えています」 『それは・・・』 「簡単なことです。彼が、渡した毒物を確保します」 『渡した?』 「彼が直接、毒物を入れていません。メイドが入れる飲み物に、混入されています」 『ハチミツか?』  執事は、少女が愛飲している飲み物を思い浮かべる。  その中に、毒をごまかせるほどに強い匂いや味の物は少ない。それで、考えついたのが”ハチミツ”だ。少女は、紅茶に”ハチミツ”を入れて飲むのが好きだ。そのハチミツもこだわりがある。  ユウキのすり替えた方法が気になるが、ユウキたちなら可能なのだろうと、考えない事にした。  藪をつついて、出てくるのが蛇なら対処ができる可能性もあるが、大蛇なら?それも、虎を一飲みにできるほどの大蛇が出てくる可能性もある。危険な藪はつつかないほうがいいに決まっている。  実際に、ユウキたちに手を出して、しっぺ返しを受けている機関は大量にある。ユウキたちの評価は、ユウキたちが本拠地に選んだ場所を統治する、日本政府よりも、海外での評価が高い。悪い意味での評価を含めてだ。  まだ日本政府や関係者は、ユウキを”子供”だと侮っている。権力を振りかざせば、好きにできるという考えがある。  しかし、海外ではユウキたちの関係者として名前が上がった者たちやその者たちが育った場所は、アンタッチャブルな状態になっている。 「はい。現在は、私の仲間が用意したハチミツを使っています」 『ありがとうございます。さすがは、ウィザードの集団ですね』 「ありがとう。褒められたと思っておきます」  ユウキは、にこやかな表情を崩さずに、執事に質問を重ねる。 「治療は、いつ行いますか?方法は、こちらに任せてもらえますか?」 『旦那様の了承は取れました。ユウキ様にお任せします』 「ありがとうございます。ウィザード仕込みの魔法をお見せします」  ユウキが少しの皮肉を込めたのを、執事が華麗にスルーした。  ユウキが差し出す手を、執事は握る。  ”魔法”がどのような効果を発揮するのはよくわかっていない。しかし、執事が許可を求めた者からの言葉は、”全面的にユウキに協力しろ”というのが下された判断であり、命令だ。  握手していた手を離したユウキが、指を鳴らすと、テーブルの上に”ハチミツ”が入った、少女が愛用していた容器が出てきた。この容器は、少女が特注で作らせた物だ。 『この容器は?』  ユウキは、執事の疑問を無視して、もう一度、指を鳴らす。  透明な容器がテーブルに置かれる。 『これは?』 「触らないようにしたほうがいいですよ。彼の荷物の中に入っていた物です。こちらで鑑定したところ、ハチミツに入っている異物と同じ成分です」 『!!』 「指紋が付いているでしょう。もしかしたら、彼に”これ”を渡した人物の指紋が検出できるかもしれないですよね」 『ユウキ様。なぜ?』 「そうですね。私たちを頼ってきてくれた・・・。もちろん、打算もあります」 『打算』 「少女と少女の父親は、私たちにない力があります。権力という・・・。それに、お嬢様のことは、一部では・・・。有名ですよね?」 『国に帰れば、知らない者はいないでしょう』 「それだけではなく、他国との繋がりや会合もあります。治った姿が衆人に触れたら・・・」 『大騒ぎでしょう。義手や義足ではなく、ご自分の足で立って歩いて・・・』 「義手や義足でまかなえる部分もありますが、火傷の痕は無理ですよね」 『・・・』 「そんな少女が、自然な表情で笑ったら・・・。私たちが求めるのは、少女に日常が戻ってくることです。そして、その日常を取り戻したのが、私たち”ウィザード”だと皆が勝手に解釈してくれることです」 『・・・。確かに、守秘義務で私たちは・・・。しかし、そんな迂遠な方法でなくても、お嬢様を・・・』 「それでは、直接的で、私たちのところに人が来てしまう。それに、貴方たち・・・。少女が、嘘つきになってしまう」 『え?』 「私たちは、貴方たちと同じことを他で求められても、私たちではないと言い続けます」 『わかりました。一回限りの偶然を、神に感謝します』 「そうですね」  ユウキたちには、信じる神がいない。以前、神を信じていた者も、過酷な状況と、最後まで救いの手が神から為されなかった。最終的に救ったのは、自分たちが培ってきた物だった。ユウキの仲間たちは、神に祈るのを止め。神に祈るために使っていた時間を、鍛錬に使った。  証拠を受け取った、執事はユウキに礼を言ってから、部屋を出た。  執事は、スマホを取り出して、主人に連絡を入れる。ユウキとの会話内容を伝えるためだ。物的な証拠がある。しかし、証拠が本当に証拠なのか、”判断が難しい”こともしっかりと伝えた。証拠を検証する方法が手元にないのだ。ユウキから言われた内容を鵜呑みにできない。 『どうみる?』 「難しいかと・・・」  執事は、主人からの質問に率直な感想を伝える。  主人は、娘の怪我を治したいというのも本音だ。しかし、それ以上に敵対する者たちをあぶりだすための手札に使えると考えたのだ。 『金や名声では動かないか?』 『無理だと思います。それに、彼らからは、貴族社会の最低限の教育を受けた者の匂いがします』 『日本には、貴族はいないはずだな?』 『はい。調べたところでは、29名の中には、貴族社会に詳しい者は居ません』 『そうか・・・。証拠品は、奪われないようにしておけ』 『はっ』  通話を切ってから、執事はユウキの表情を思い浮かべる。  ユウキたちが欲しがっている物は、権力ではなく、権力に抗う力ではないだろうか?  出てきた扉を見つめながら、証拠品をしっかりと確保しておく算段を始めた。  そして、盗まれても、ユウキたちがなんとか・・・。甘い考えだとは思うが、そんな思いを抱かせるだけの人物だと、考えていた。
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