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主人の交代
冷えた鉄の輪が首にまとわりついている。
ぼくは自分の首元に手をやった。
鉄の輪は、太く、平たく、喉仏の前に継ぎ目がくるように作られている。留め具として錠前が装着されていた──着け心地の悪い悪趣味な首輪だ。
好んで着用している訳ではない。
主人であるハキムに忠実な奴隷の証拠として、身に着けておかなくてはならないだけだ。
春の終わりを告げる風が地方都市タミハールの大通りを抜けていく。巨石をくりぬいて積み上げたような街並みだ。
冒険者のマントや、商人のケープがのんびりとゆれる。魔導士の長杖に埋め込まれた魔石が、真昼の陽光を跳ねた。
ぼくはハキムの斜め後ろを歩いていた。
ぼくを含め、共に歩く奴隷は十数人ほど。全員、十八歳前後。揃いの半そでと半ズボンの貫頭衣を着ている。人に見せるためとはいえ、小ぎれいな格好をさせてもらえるのは嬉しかった。
ハキムはこの辺りで一番大きな宿屋を営んでいる。宿一階の食堂で提供する茶葉を、今から大量に買いつける。ぼくたちは荷物持ちだ。
何かに気を取られたハキムがよろけた。
ぼくは咄嗟にハキムを支えた。
ハキムがぼくを睨みつける。
「血なまぐさい手で俺に触るな、ナキ」
「失礼しました」
ぼくが血なまぐさいのは、ハキムの命令に従って人を殺めているからだ。いわゆる暗殺者と言っていい。
昨日も夜遅くに仕事を終えた。帰ってきたあと、すぐに別の用事を言いつけられ、今に至る。寝る間もなかった。辛い。だけど、妹であるサラの面倒を見てもらえるなら、なんだってする。サラは足が悪い。足の悪い奴隷の面倒を見てもよいと言ったのは、ハキムだけだった。
今日は月に一度の面会日だ。屋敷に帰り次第サラに会える。サラの笑顔を見れば、疲れなんて一気に吹っ飛ぶ。
歩き始め、ハキムと目が合った。
小ばかにするような笑みを浮かべられる。ぼくは黙って目を伏せた。辛さをやり過ごすコツは心得ている。
商家に着いた。
建物の中に入る。
二階にある商談部屋でハキムがガッシナという商家の主人と話を済ませた。商談部屋を出て一階に下りる。用意に手間取ったのか、少し待ち時間があった。
落ち着いた雰囲気の建物は適温で、驚くほど心地よかった。
「ナキ! 立て!」
ハキムの怒声と衝撃を感じたのは同時だった。
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