姉の婚約者

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そう言って、何の躊躇いもなく扉を開けて入ってきたのは鏡夜だった。 彼は私たちの姿を見ると無表情になったかと思うと、そのまま洋介くんの頬を一発殴った。 ぶっ飛ばされた洋介くんが体勢を立て直す前に、私は鏡夜に連れ出されていた。 彼の上着をかけてもらえただけ、有難かった。 所謂、お姫様だっこの状態で私は彼の部屋まで連行されたのだ。 鏡夜は私をベッドに下ろすと、洋介くんに掴まれて赤くなった手首を見て眉を顰めた。 「痛かったか?」 あまりにも優しくそう尋ねられるので、大切にされていると勘違いしてしまいそうになる。 私が首を横に振ると、鏡夜は私の手を取って傷ついたそこにキスをした。 軽いリップ音が鳴り、彼の妖艶な眼差しが私を射抜くと、心臓がとくとくと脈を打つ。 「何をされたんだ?」 その言葉に、私はぱっと彼の手を払う。 俯いて胸元に当てた手が小刻みに震える。 洋介くんへの恐れからではない。 あんな状態でも快楽を感じていた自分の身体への恐怖心からだ。 それを何と思ったのか、鏡夜は突然私の上に馬乗りになると、激しく舌を絡ませてきた。 耳元に熱い唇を寄せると、掠れた声でこう囁いた。 「優しくしようと思ったが、最初に俺を煽ったのはお前だからな」 「そんなつもりじゃっ!」 私の言葉など彼の耳には届いていない。 その夜、ただひたすらに私は鏡夜に愛された。 いつものような意地を張る余裕もなかった私は、声が枯れるまで鳴かされた。 洋介くんに触られた場所を鏡夜は執拗に求めてきた。 何度も彼は私の奥を貫き、そのたびに私は全身がばらばらに砕け散りそうなほどの衝撃を受けた。 意識を失いそうになると、彼は腰の動きを止め、私の体力が戻るのを静かに待つのだ。 いっそのこと狂ってしまいたいのに、私の精神はいたって正常なまま。 解放されたのは、明け方だった。 鏡夜と繋がったまま、私たちは共に眠りに落ちた。 食事会の後、美織がどうなったのかを聞いていないと気づいたのは、夢の中だった。 目が覚めると、私は鏡夜の腕の中にいた。 全身の疲労感や気だるさが吹き飛ぶくらいに驚いた。 情事のあと、部屋を追い出されなかったことは初めてだった。 彼の筋肉質な胸板が目の前にあり、規則正しく上下している。 その胸にそっと寄り添って、私はもう一度瞳を閉じた。 はらりと頬を伝った水滴には知らんふりをして、幸福のただ中を彷徨った。 彼の大きな手のひらが私の頬を包み込み、流れた涙の跡を指で追いかける。 優しくしないで欲しい。 切実にそう思うのに、どうしてもその一言が言えない。 その一言を口にしてしまったら、全てが終わる気がした。 だから、私は眠ったふりをしたまま。 「……ごめんな」 私は何も聞いていない。 彼の優しい声など聞こえていない。 何一つ知らなければ、傷つくこともないはずだから。 昨夜、聞きそびれた美織のことも、もうどうでもよかった。 そんな私の想いが通じたかのように、その日から私は鏡夜の部屋に軟禁された。 幸い、部屋にはバスルームやトイレなど全てが完備されていたので困ることはなかった。 どうしても部屋から外に出るときは、鏡夜が傍にいなくてはならないらしく、扉の外にはいつも使用人たちが目を光らせていた。 元々、本郷家の屋敷に軟禁されているのと変わらなかったので、あまり窮屈には感じなかった。 むしろ、鏡夜の部屋から追い出されないことに言いようもない幸せを感じていた。 だからこそ、時間が経つにつれて私の心は不安を訴えてくるようになった。 このままの状態がいつまでも続くわけじゃない。 そう分かっていたから。 鏡夜が私を軟禁する理由を知らないことも不安に繋がった。 彼の独占欲であって欲しいと思う心とは裏腹に私は一つの可能性にも気がついていた。 それは、私をなるべく早く屋敷から追い出すことを鏡夜が考えている可能性だ。 子どもさえ出来てしまえば、私がここにいる理由はなくなるのだから。 身体の弱い美織のためにも、彼は嫌々私を抱いているのかもしれなかった。 そんな幸せと不安の狭間を何度も行き来していたある日のことだった。 いつもと同じように使用人から受け渡された食事をしようとした時、突然吐き気が込み上げてきた。 私は慌ててトイレに駆け込み、胃の中のものをすべて吐き出した。 それから、最近生理が来ていないことに気づき、愕然とした。 顔から血の気がひきながらも、私は常備されている妊娠検査薬を取り出した。
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