姉の婚約者

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鏡夜に呼び出された美織は、うきうきとした心持ちで本郷家へと向かった。 しかし、そんな彼女の心を嘲笑うかのように、鏡夜は残酷な言葉を彼女に告げる。 「美織、別れよう」 この言葉がトリガーだった。 ふわふわと今にも消えてしまいそうな外見をした美織ではあったが、その内面は少しばかり強かだったのだ。 彼女は優しげな目元をそのままに、強ばった表情でこう告げた。 「……家が、許さないわよ。これはもう私たちだけの問題ではないの。朝比奈家と本郷家の問題でもあるのよ」 美織の言葉に鏡夜は眉一つ動かさない。 「大丈夫だ。俺は美琴と結婚するから。朝比奈家にとっては、本郷家と繋がるための駒が美琴であろうと、美織であろうと、どっちだっていいはずだしな」 「そんな、どうして……」 震えるか弱き彼女に、鏡夜はさらに冷徹な言葉を突き刺す。 「……高校生の頃、俺たちはまさにロミオとジュリエットだったよな。それだけドラマチックな恋愛をしていた。……いや、なるべく周りからロマンチックに見えるよう計算していた」 「全部、全部、嘘だったの……」 ぽろぽろ涙を流す美織。 その姿はあまりにも儚い幻のようであった。 「あぁ、俺は嘘つきだからな。……でも、お前だって俺と同類だろ?」 「な、なんの話?」 「家の為なら何でもする。どんな嘘でも貫き通す。……身体が弱かったってのは何歳くらいまでの話なんだ?」 その言葉に、美織のつぶらな瞳がはっと大きく見開かれる。 「……知っていたのね」 ぽつりと呟いた彼女は、今までの弱々しいお姫様ではなかった。 そこには、朝比奈家を担う令嬢の姿があった。 鏡夜は、くっと笑った。 「そういう強かな所は結構気に入ってたんだけどな」 むっすりと腕を組んで鏡夜を睨みつける美織。 「どうして、私じゃ駄目なの?」 「納得してないんなら、試してみるか?」 美織が何かを告げる前に、鏡夜はその唇を塞いだ。 ぴちゃぴちゃと水音が聞こえるも、頬を染め息を荒らげているのは美織だけだった。 そのまま、鏡夜の手が美織の胸元に伸びてゆく。 「あ、」 美織が切なく声色と表情で鏡夜を誘うも、彼のものは一切反応しない。 二人の口が離れて、名残惜しそうなのも美織だけだ。 「これで分かっただろ? 俺をぞくぞくさせてくれるのは、あいつだけなんだよ」 「……っ」 悔しさから美織は顔を醜く歪ませる。 「あいつの屈しない顔が、俺を興奮させるんだ」 「……ただの、変態じゃない」 「勝手に言えばいいさ。何をどう言われようと、俺は別に傷つきやしないから」 余裕綽々の鏡夜に、美織の悔しさは募るばかり。 それを楽しそうに見ながら、彼は先程から扉の向こう側に見える背中に声をかけた。 「そこにいるんだろ? ……出てこいよ」 自分に向けられたことのない、甘くて優しい声色に美織は勢いよく後ろを振り返った。 扉から怖々と顔を出したのは、美織の腹違いの妹、美琴だった。 自分とよく似た顔立ちの、いいや、自分より遥かに劣っている彼女の姿を見て、美織の中に抑えきれない怒りがふつふつと湧き上がった。 大して綺麗でもないくせに。 大して恵まれてもいないくせに。 そう思うも、決して美織の手に入らないものを美琴が持っていることを知っているから。 温かい家族もいて。 好きな仕事も出来て。 ……彼の心まで奪っていくというの? とはいえ、そんな弱い心を表に出せない、否、出さないのが朝比奈美織であった。 彼女はきっと眉を吊り上げると、そのまま美琴に向かって走った。
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