本編

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汗ばむ彼の額に手を当てた。 彼は嬉しそうに目を細めた。 お腹の奥がきゅうと鳴いて、彼のものが一層大きくなったのが分かった。 彼の手のひらで踊らされているのがどうにも悔しくて、なんとか優位に立とうとする。 だが、結局のところ彼にぐずぐずに甘やかされるのだった。 悦楽に溺れ、あえかな嬌声を響かせて。 そんな雄々しい行為を何度繰り返したことだろう。 彼は驚くほど無口だった。 そして言葉がない分だけ、彼は目で語っていた。 もう、知らないふりは出来なかった。 彼の紡ぐ数々の愛の言葉に、私はいつしか囚われていた。 深淵たるオニキスの瞳の中に私がいる。 どこまでも静かな深海のようで。 私たちのほかに生命は感じられない。 ただ互いの呼吸だけに耳を澄ませて。 ゆっくりと沈んでいく。 光は届かず、静寂こそが癒しだ。 彼が私の奥を貫いて、眩い閃光が脳内に弾けた。 「っあぁぁあぁあぁぁぁぁああああ」 耐えらず大きな声を出して、私は身体をのけぞらせた。 肩で呼吸を整えながら、酸欠になった脳内でぼんやりと実感した。 あぁ、これでもう無理はしなくていいのだわ。 思えば、彼の前でだけ。 私はただの私でいれたのね、ずっと前から……。 彼が私の中に白濁液を吐き出した。 ゆうるりと繋がったまま、私たちは互いの身体に抱き着いていた。 そこにあるのは正真正銘の愛だった。 どこまでも罪深い愛だった。 掠れた雪五朗の声が耳に届く。 「俺がどうして君の罪を被ったのか、分かるか?」 「……分からないわ」 彼の言葉を聞きたかったから私は噓を吐いた。 息を吐くみたいに容易く嘘を紡ぐ。 本当は分かっていた。 でなければ、こんなにも熱く抱かれたりなんかしないわ。 彼が、この旅館の庭園に林檎の樹を植えた理由は……。 あのとき優しい目をしていた相手は……。 私はゆるゆると首を横に振る。 いいえ、これ以上考えるのはやめましょう。 過去の自分にやきもちを焼く羽目になるのはごめんだもの。 荒い息を交わし合いながら、私は告げた。 一世一代の愛の告白だった。 「私ね、林檎が好きよ。だって禁断の果実だもの」 雪五朗のキスが顔中に降り注ぐ。 私は幸福の絶頂にいた。 「貴方も一緒に食べてくれるでしょう?」 私の誘いに彼は笑って答えた。 「あぁ、君が望むのならば」 こうして私たちは禁断の果実を口にした。 口にしたが最後、私たちはただの人間として堕落するほかなかった。 幸せな夜はまだ始まったばかりなのだから。
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