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いつでも気持ちっていうのは希薄で、私の内を駆け巡ったと思えば、妙に動かないこともある。
じっとしているかと思えば、次の花に惹かれて飛び立つ蝶々のように。移ろいやすい。
「長瀬って海好きなの?」
それは思わずの出来事、彼の方から呼び掛けて来た。
彼はさりげなく、バッグに掛けているストラップを私の前に見えるようにし、そこに付けている砂浜と海が写る小さい写真のキーホルダーを手に取った。
「これね、あの海で撮ったんだ」
指差した先には、小さく海と海の灯台が見える。高校の三階の教室からは近くの海が良く見える。
私が授業に集中出来ない理由はそれだ。3年生になってからは海をぼんやり眺めることが多い。
勿論、先生を気にしながらだが、私が授業中に海を眺めてしまうのはこの日、クラスの誰もが知ることとなった。
『長瀬さん、海も良いが少しは授業に集中しなさい』
ある時見かねた担任の先生は皆の前で注意した。視線は集まり、その中に彼もいた。私の席とは対象の廊下側。
『じゃあ、長瀬さんは席を替えよう。すまないが、山崎さん、長瀬さんと替わって下さい』
山崎悠里はクラスでも人気のある女子だ。落ち着いて大人っぽく、それでいて17歳らしい可愛らしさもある。
そんな、彼女だからか白羽の矢が立ったのは。
私は彼女と1、2年生の時も同じクラスになったことが無かったから、あまり話したことはなかったけど、山崎さんは同じクラスになってからいつも気を使ってくれた。
山崎さんと一番仲が良かった。
この日も『長瀬さん、ありがとう!私は海側が希望だったから』とリゾートホテルで部屋のアップグレードを受け取ったように言い。優しく気を使ってくれた。
そんな山崎さんに悪いことしちゃったなと思いつつも、私は彼の隣の席になれたことに嬉しく思った。
彼は『よろしく』と言い、『うん、よろしく』となんの捻りもなく返した。
初めての二人の会話はこれだった。
「長瀬? 大丈夫か?」
彼の言葉に、ふと我に帰る。
「あ、うん、私海好きだよ!」
放課後の教室に私たち二人は取り残された。彼は私の席の前に立っている。
「今日は花火大会だよな」
彼は窓の外に見える海を見つめる。
「行くか」
「ん? どこに?」
「海に」
「……私、ごめん、今日はちょっと用があって」
「そうか」
そう言って、私の机にある木目をなぞった。そして思い立ったように口を開いた。
「じゃあ、またな」
一言、彼は教室から出ていった。私は一人取り残された。
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