ドイツ騎士団 ~仮面の女騎士~

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 オトマイアー家は代々神聖帝国北部のザクセン公国に使える男爵家で武門の家柄だった。  その当主であるレーブレヒト・フォン・オトマイアーは子供に恵まれず、高齢となったため、(なか)ば家の断絶も覚悟していたが、側室の一人が待望の子宝に恵まれた。これにレーブレヒトは歓喜した。  しかし、生まれてみると女児だったのだ。レーブレヒトは落胆した。そこでよからぬ考えが浮かんでしまう。  ──この子を男児として育てて後継者にしよう…  生まれた子はレオポルトと命名され、男児として育てられた。  レオポルトに直接使える侍女とメイドを除き、オトマイアー家の使用人もそれを疑う者はなかった。  当然、本人も自分を男児と信じて疑わなかった。  実際、レオポルトは腕白な子供だったし、剣を教えてみるとあっという間に上達し、同年代の子供は誰もかなう者がいなかった。  レオポルトが7歳となった時、レオポルトの母が男児を産んだ。  今度こそ正真正銘の男児の誕生に当主のレーブレヒトは喜びに沸いた。  そうなってくるとレオポルトの存在が微妙になった。  7歳と言えば見習いを始めるのにちょうど良い年頃だ。  レオポルトは厄介払いとばかりに、近年プロシャ方面で勢力を拡大しているドイツ騎士団に見習いへと出された。 「レオポルト。良いか。しっかりと武術を学んで一人前になって帰ってくるのだぞ」 「承知いたしました。父上。」  レーブレヒトはあくまでも武術修行として本人を送り出したし、レオポルトもこれを疑うことはなかった。     ◆  ドイツ騎士団の屯所へと向かう旅の途中、あることを実行に移すことにする。  レオポルトは以前から行ってみたいところがあった。それは公衆浴場である。  父のレーブレヒトは、公衆浴場は下賎の者が行くところだといって行くことを許してくれなかった。だが、友人などの話を聞くと浴槽も大きくてたまに行く分には気持ちがいいらしい。  それをレーブレヒト付きのメイドのイーナが(あわ)てて止めた。 「レオポルト様。公衆浴場には行ってはなりません。ご当主様も言っておられたではないですか」 「やっとうるさい父上から解放されたのだ。そのくらい羽をのばしても(ばち)は当たるまい」  とうとうレオポルトは公衆浴場へと言ってしまった。  イーナの顔は真っ青である。  喜び勇んで公衆浴場へ行ったレオポルトは脱衣所で服を脱ぎ、浴室へと向かう。そこで奇妙なことに気づいた。  他の者の股間に奇妙な物がぶら下がっているではないか。  ──あれは何だ? 俺には付いていないぞ。  途端に恥ずかしくなり、股間を隠すレオポルト。そのまま、そそくさと公衆浴場を後にした。  今度はレオポルトの顔が真っ青になった。  落ち込んだ気持ちで宿に戻ったレオポルトは、意を決してイーナに聞いてみた。 「男の股間にぶら下がっているあの奇妙なものは何だ?」 「それを女の私の口から言わせるのですか?」 「そうだ。知っているなら教えてくれ」 「あれは××××です」とイーナは顔を赤らめながら答える。 「その××××は、男なら皆付いているものなのか?」 「当たり前じゃないですか」 「俺には付いていないのだが…俺は出来損ないなのか?」 「……………」  イーナは答えに(きゅう)した。  そこで答えとばかりに服を脱ぎ始めた。 「イーナ。何を…」  それを無視してイーナは全裸になった。 「さあ見てみてください」  レオポルトはこれまで女の裸というものを見たことがなかった。  胸の膨らみ、腰のくびれ、丸みを帯びた腰つき、すべてが美しいと思った。  肝心の股間をみるとあの奇妙な物は付いていなかった。 「これが女の体です」  とうことは…  いくら鈍いレオポルトでも理解した。 「俺は女なのか…」 「そうです」 「しかし、周りの者は皆、俺のことを男だと…」 「それはご当主様がレオポルト様に男子としてオトマイアー家を継いで欲しいと思ったからです」  その瞬間、レオポルトは全てを理解した。  弟が生まれた今となっては、男児として育てられた自分など邪魔者でしかない。  ドイツ騎士団で修行しろという(てい)の厄介払いだったのだ。  それからドイツ騎士団の屯所までの道中、ずっと悩んでいた。  どうしたらいい? 女騎士というのもいないではない。  しかし、男尊女卑の考えが厳しいこの時代、女騎士では出世は望めない。  それに、今更女らしい言葉使いやしぐさを身に付けるといっても無理がある。  レオポルトは、このまま男として生きていくことを決めた。     ◆  ドイツ騎士団は、ローマ・カトリック教会の公認した騎士修道会の一つで、正式名称は「ドイツ人の聖母マリア騎士修道会」という。  テンプル騎士団、聖ヨハネ騎士団とともに、中世ヨーロッパの三大騎士修道会の1つに数えられる。  12世紀後半のイェルサレム失陥後、リューベックやブレーメンの商人たちが、アッコの陥落の時期に設立した野戦病院が母体となっていたが、最近、神聖帝国皇帝フリードリヒⅡ世のリミニの金印勅書により、騎士団はクールラントとプロイセンラントの領邦主権者として法的地位を認められた。  これは異教徒の先住プロイセン人の土地を征服、領有する権利を保証するものである。     ◆  ドイツ騎士団で、レオポルトの才能は群を抜いたものだった。  見習いの頃から同世代の者は全く相手にならず、成人した現役騎士と対等に戦っていた。  成人してからも次々と武功を上げ、伍長、小隊長と電光石火の勢いで出世していった。  一方で、成人してからは女性の特徴も出て来ていた。胸も膨らみ、顔つきも女らしくなってきた。  胸は布を巻いて締め付ければ何とか隠せる。  声は幸いにしてアルトボイスだったので、テナーボイスの男の声に聞こえないこともない。  たが、顔はどうしようもなかった。  どうするか悩んでいたところ、「白銀のアレク」という二つ名の冒険者のことを聞いた。  そのアレクはとんでもない優男なため、その顔を隠すために白銀の仮面を着けているという。  ──これは俺にも使える!  それ以来レオポルトは戦闘時には黒い仮面を付け、その柔和な顔を隠すことにした。  その白銀のアレクは冒険者から成り上がり、今ではロートリンゲン公国の大公となっているという。  レオポルトは、いつしかドイツ騎士団で一番の腕前となっていた。  そして第1騎士団の第1中隊長となると、先の第5次十字軍では獅子奮迅(ししふんじん)の活躍を見せた。これが評価され18歳にして第5騎士団長を任されることとなった。  第1から第5まである中の末席ではあるが、騎士団長である。18歳の騎士団長というのはドイツ騎士団始まって以来の快挙だった。  総長のヘルマン・フォン・ザルツァが言った。 「レオポルト。おまえを第5騎士団長に据える。ドイツ騎士団の名に恥じぬ活躍を期待しておるぞ」 「はっ」  レオポルトはこの上ない幸福を感じていた。  レオポルト付きのメイドのイーナがお祝いを言う。 「この度の第5騎士団長ご就任。おめでとうございます」 「ありがとう。これまでの人生で一番うれしいよ」 「今日は奮発してご馳走にしますね」 「ああ。頼む」  だが、イーナは思うのだ。  ──レオポルト様は本当にこのままでいいのかしら?     ◆  ドイツ騎士団第4代総長のヘルマン・フォン・ザルツァのもとへ神聖帝国の西端のロートリンゲン公国大公からの特使がやってきた。  話を聞くとドイツ騎士団と自由貿易協定を締結したいという。  ──話には聞いているが、ついにここまで触手を伸ばしてきたか…  この地には毛皮などの輸出産品があり、これが関税なしで輸出できるとなるとメリットは大きいはずだ。  ただ、申し入れに対して唯々諾々(いいだくだく)では面白みがないな…  こちらも騎士団の端くれ。先の第5回十字軍にもドイツ騎士団は参加し、ダミエッタ包囲戦ではかなりの勲功を上げていた。  十字軍の際は、ロートリンゲン公とは顔を合わせていないが、同国の騎士団の活躍は聞きしに勝るものだったという。  そのロートリンゲン公に勝ったという実績が示せたらこれ以上の誉れはない。  ヘルマンは、ロートリンゲン公に騎士団同士の練習試合を求めることにした。     ◆  特使が返ってから程なくして…  ドイツ騎士団総長のヘルマン・フォン・ザルツァに従者が告げた。 「ロートリンゲン公閣下が見えられました」 「何っ! 大公自らだと!?」  それに異常に早いではないか。ロートリンゲン公の軍は神速だとは聞いていたが、これほどとは…  総長室にフリードリヒがやってきた。 「これはザルツァ卿。初めまして。ロートリンゲン公のフリードリヒ・エルデ・フォン・ザクセンです。以後、良しなにお願いいたします」  ヘルマンは目を見張った。  聞きしに勝る優男。それに若い。 「こちらこそ。まさか大公閣下が自らいらっしゃるとは思わず、歓迎もせずに失礼いたしました」 「いえお気になさらず…」 「遠路はるばるお疲れでしょう。食事を用意させますので、まずはごゆるりとなさりませ」 「お心遣い。痛み入る」  ヘルマンは、自分がまねた「白銀のアレク」ことロートリンゲン公本人がやって来た話を聞き、不思議な因縁を感じた。     ◆  翌日。  フリードリヒはすぐにでも自由貿易協定の話をしたかったのだが、相手は騎士団。  まずは、フリードリヒが連れてきた騎士団を見分したいということになった。 「こちらが我が国の第6騎士団です」  ヘルマンに明らかな落胆の様子が見られる。  やはり第1騎士団を期待していたのだろう。 「第1騎士団はどうされたのですかな?」 「あれは下手に動かすと軍事バランスが崩れてしまいかねないので、迂闊(うかつ)には動かせないのです。ご理解ください」 「そうですか」 「第6騎士団も十分に強いです。油断されると痛い目にあいますよ」  ヘルマンは考えている様子だったが、考えがまとまったようだ。 「それではこちらも第5騎士団を出しましょう。若い騎士団長が就任したばかりで、一番勢いがあります」 「それは面白そうですね」     ◆  翌日。  騎士団同士の練習試合が行われる。  ロートリンゲン側の指揮はフリードリヒが自らとることとした。  斥候を放ち、相手の情報を探る。  ロートリンゲンの斥候は忍者のような特殊訓練をしていた。そこはタダの物見とは違う。  斥候が戻ってきた。 「敵は軍を三つに分け、こちらを包囲殲滅(せんめつ)する構えです。位置はここです」  斥候が地図上で敵軍の配置を示した。 「かなり離して配置しているな。これだと味方同士が視認できない距離だ。全員騎馬のうえ迅速に動いて各個撃破してみるか?」  第6騎士団長のヤン・フォン・シュヴェーグラーが答える。 「確かに敵は想定していないでしょう。それには敵の連絡を絶つことが重要ですね。失敗するとこちらが包囲されてしまいます」 「そうだな。相手の斥候を見つけ次第、虱潰(しらみつぶ)しにしろ」 「御意(ぎょい)」  斥候のリーダーはスッと姿を消した。  フリードリヒはバイコーンに騎馬すると命令した。 「敵左軍から潰す。我に続け」 「おーーーっ」     ◆  ドイツ騎士団左軍の指揮官に報告がある。 「前方に敵です。騎馬して高速で迫ってきています」 「何っ。斥候は何をしていた」 「それが…一人も戻ってきておりません」 「至急、中央軍に援軍を乞う伝令を出せ!」 「了解」  しかし、それはフリードリヒの想定内のこと。  伝令はことごとく第6騎士団の斥候に潰された。  あっという間に第6騎士団はドイツ騎士団左軍に接敵した。  バイコーンのスピードを落とすことはなく、ドイツ騎士団左軍が蹴散らされ陣形が乱れる。  後ろまで抜けた第6騎士団は反転し、また蹴散らしていく。  それが2度、3度…  程なくしてドイツ騎士団左軍は壊滅した。  ──騎士団長がいるだろう中央軍は後の楽しみにとっておこう。 「次は敵右軍だ。我に続け!」 「おーーーっ」  程なくして、左軍同様にドイツ騎士団右軍は壊滅した。 「よしっ! 最後の仕上げだ。中央軍へ向かう。我に続け!」 「おーーーっ」  これまでに第6騎士団の損耗は1割に満たない。     ◆  ドイツ騎士団第5騎士団長のレオポルトに報告がある。 「右前方に敵。騎馬して高速で迫ってきています」 「何っ! 右軍は何をしていた。斥候の報告は?」 「それが…一人も戻ってきておりません」  ──これは右軍がもうやられたと見るべきか… 「至急、左軍に援軍に来るよう伝令を出せ!」 「了解」  左軍はもう壊滅していることをレオポルトは知らない。 「敵がくるぞ。皆、構えて備えろ!」  しかし、全員が騎馬している軍など相手にするのは初めてである。  第6騎士団は嵐のように押し寄せると味方を蹴散らし、あっという間に通り過ぎていく。  そして反転すると守備が弱い分を見透かして蹴散らしていく。  それが2度、3度…  間もなく中央軍も壊滅してしまった。  レオポルトはこの上なく悔しかった。  自分の人生でここまでの完敗は初めてだ。これが実戦だったらと思うとぞっとして背筋が凍った。     ◆  レオポルトはフリードリヒに再戦を懇願していた。 「閣下。全員が騎馬の軍団など初めてだったので後れをとってしまいました。今度はもう油断しませんので何卒再戦をお願いできないでしょうか?」 「確かに全員が騎馬した軍団などヨーロッパでは我が国くらいですからね。いいでしょう。次は全員が徒歩(かち)でやってみますか?」 「何卒よろしくお願い申し上げます」 「わかりました」     ◆  翌日。再戦が行われる。  両軍とも徒歩(かち)だ。  敵は軍を三つに分けてはいるが、いつでも連携を取れる距離を保っている。昨日の各個撃破に()りたのだろう。 「さて。ヤン。どうする?」 「そうですね。閣下の得意な斜行陣などどうですか?」 「そうだな。ここは平地だし。敵からは軍の厚みは見えない。それもいいだろう。ただし、見破られないよう、今回も斥候潰しが重要だな」 「そうですね」 「では右を厚くした斜行陣にするとして、右軍はヤンが指揮してくれるか。副官のシュタッフスは中央軍を指揮。左軍は私が指揮して踏ん張る。それでよいか?」 「御意(ぎょい)」  結果、フリードリヒの作戦は見事に決まった。  斜行陣のお手本のような展開となり、ドイツ騎士団はまたも完敗した。     ◆  しかし、レオポルトは納得しなかった。 「閣下。何卒再戦をお願いいたします」 「わかった」  そして戦うこと計7回。  7回ともドイツ騎士団の完敗だった。  これは兵の質の問題もあるが、指揮官の経験不足ということもあるだろう。  さすがにレオポルドは8度目を申し込んではこなかった。  レオポルドは7戦7敗という圧倒的な力の差を見せつけられ、いっそ清々しい気持ちになっていた。  今までドイツ騎士団で一番強いなどと思って、鼻を高くしていた自分がおそろしく滑稽に思えた。  世界は広いのだ。上には上がいる。  そして気持ちはフリードリヒに心酔してしまっていた。  ──あんな人の部下になって戦ってみたい…  レオポルドは意を決して総長室に向かっていた。 「総長。お願いがあります」 「皆までいうな。ロートリンゲン公に使えたいと申すのであろう」 「なぜそれがお判りに?」 「だてに歳はとっておらぬ」 「これまでさんざんにお世話になっておきながら、申し訳ございません」 「なに。もともと其方(そなた)は武術修行のために当騎士団に来たのだ。いつかは戻す約束だった。それが今になったというだけの話だ」 「ありがとうございます」 「ところでロートリンゲン公の許可はもらったのか?」 「いえ。まずは総長の許可を得てからと思いまして」 「そうか。ではさっそく行ってくるといい」 「わかりました」     ◆  レオポルドはフリードリヒの部屋に向かった。  ノックをすると「どうぞ」という声が聞こえた。  部屋に入ってみるとフリードリヒは戦場でするマスクをしていなかった。レオポルトも当然していない。  改めてフリードリヒの素顔を見るとレオポルトはドギマギしてしまった。  ──なんと見目麗しい男性なのだろう…  レオポルトの顔は上気して真っ赤になり、心臓は早鐘を打っていた。  ──何なのだ。この切なくて苦しい気持ちは… 「何か用事かな?」 「そ、それはその…私を閣下の部下にしていただけないでしょうか?」 「それはやぶさかではないが、総長には許可をもらったのかい?」 「はい」 「ならばいいだろう。うちには気の合いそうな連中もいるしね」 「気の合いそうな連中?」 「君は女騎士だろう。これまで肩身の狭い思いをしてきたと思うが、うちには女騎士がうじゃうじゃいるからね」 「閣下は…いつから私が女だと?」 「一目見てわかったけど?」 「そうですか。実は騎士団のなかでは私は男ということで通しているのです。ですから、このことはご内密に」 「わかった」     ◆  レオポルトはメイドのイーナに聞いてみた。 「実はロートリンゲン公を前にすると顔は上気するし、心臓はドキドキするし、胸が切なくて苦しくなるのだ。もしかして何かの病気なのだろうか?  このままでは満足にあの方にお仕えできないのではと心配なのだ」  イーナはニコリと微笑むと言った。 「それは重篤(じゅうとく)な病気ですね」 「何っ! それは本当か?」 「ええ。恋煩(こいわずら)いという立派な病気です。レオポルト様にも春が来たのですね」 「私がロートリンゲン公に恋をしているというのか。まさか…  武人として尊敬はしているのは確かだが…」 「でも、その症状は典型的な恋煩(こいわずら)いです。違うとは言わせませんよ」 「そんな…」 「私はどうしたらいい?」 「頃合いをみてロートリンゲン公に告白してみてはどうです?」 「そ、そんな…大それたこと…へたな(いくさ)よりも緊張するな」 「そうです。恋は(いくさ)なのですよ」     ◆  一方、自由貿易協定の話はすんなりと決まり、詳細は事務方で詰めることとなった。  そして、レオポルトはフリードリヒに付いてロートリンゲン公国に行くことになった。  これにはレオポルトに心酔している騎士が100名ばかり同行することとなった。レオポルトはそれだけ慕われていたのだ。  総長のヘルマンは苦笑いしながらも、これを許してくれた。  レオポルトの処遇であるが、フリードリヒは、結局第7騎士団を設立し、その騎士団長とすることで落ち着いた。それが一番彼女らしい。  このころまでにフリードリヒが抱える食客(しょっかく)の人数は3千人を超えていたので、武術系の食客(しょっかく)を第7騎士団の兵士として補充した。  レオポルトはロートリンゲンに行ってからは、女であることを隠さないことにした。  フリードリヒが言ったとおり、ロートリンゲンには女の騎士や魔導士がうじゃうじゃいるし、隊長格になっているものも多い。  その誰もが女性として卑下されることはなかった。  レオポルトは女であることを隠すのがバカバカしくなってしまったのだ。  そして女性たちの多くは、フリードリヒの側室や愛妾(あいしょう)に収まっている。  ──ならば私も…  頃合いを見てレオポルトは話を切り出した。 「あ、あのう…閣下。私を愛妾(あいしょう)にしていただけないでしょうか」 「いいよ。君のような魅力的な女性ならば大歓迎だ」 「魅力的などともったいない。私のような男女に…」 「それは君の個性なんだから無理に直す必要はないよ」 「ありがとうございます」 「そういえば君は男爵家の娘だったね。だったら愛妾(あいしょう)じゃなくて側室だな」 「えっ! そんなもったいない」 「気にする必要はないよ」  事はとんとん拍子に進んだ。  一番驚いたのは、レオポルトの父のレーブレヒトだった。  男として育て、厄介払いをした娘がこともあろうに大公の妻となるというのだ。その話を聞いた時は卒倒しそうに驚いた。  そして大公の権力を使って復讐されるのではと恐れたが、レオポルトはそのような狭量な人物ではなかった。  そうとなるとレーブレヒトは安心し、今度はレオポルトの弟をロートリンゲンの重臣に押し込めないかと画策したが(てい)よく断られた。  ロートリンゲンでは、単に外戚だからという理由での人事配置は行っておらず、能力本位の人事を行っていたからだ。  レオポルトの弟は姉に似ず、とりえのない凡庸な男だったのだ。
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