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リードは譲らない
いつものように癒しの梓にやってきて、龍介と合流し、温泉宿に入る。
今日の百樹には野望があった。
「あの、今日は龍介さんなんもしないで。……おれにさせて」
夜もふけた頃、布団の上で正座して百樹が告げると、龍介は眉間に皺を刻んだ。
「今やってるのはそういう役だったか?」
「降りてるわけじゃないですー! いつも龍介さんがリードしてくれるから……だめ?」
だめ、と訊ねたら、この恋人がだめと言うことはほぼないと知ってはいるが、内容が内容だけにちょっと緊張してしまう。
幸い龍介は不審げにしながらも「まあ……別にいいが」と了承してくれた。
「やった。絶対なんもしちゃだめだからね。だめだからね!」
念押しして、わさっと襲いかかる。湯上がりの浴衣に着替えた龍介を押し倒して、衿を割った。龍介の鍛えられた胸板が露わになる。
くっきりの筋の浮かんだ腹筋を指先でつうっとなぞった。
「……、」
声こそ上げないものの、龍介のからだがぴくりと反応して、百樹の心臓が同じように弾む。
〈今日はおれからいろいろさせて〉という野望、それは昨日Twitterで見かけた
〈筋肉質の男性は、皮下脂肪が薄いので、実は触られるのに敏感〉
という情報に基づいている。
初めこそ百樹がノンケの龍介をリードする形だった。しかし勘所を押さえてからはもっぱら龍介が奉仕してくれる形だ。
もちろんそれは喜ばしいことなのだが、たまには素の自分だって龍介に奉仕する側になって、めろめろにさせてみたいと百樹は思うのだった。だって男の子だもん。
半脱げになった胸と腹筋を撫でさすりながら、耳元でそっとささやく。
「龍介さん……うつ伏せになって?」
龍介は薄く笑みを浮かべながら、言う通りにしてくれた。
浴衣をはぎ取って、彫刻のような背中を露わにさせる。
さわさわと撫でながら、肩甲骨の稜線に舌を這わせる。谷間に音を立てて口づける。
谷間から流れる渓谷のように綺麗に通った背骨を舌と唇でなぞり、腰の裏の窪みを強く吸った。
「……ッ!」
龍介の体がさっきよりも明確に跳ね、そこにうっすら紅い徴が刻まれたことに満足する。攻められることに慣れていないから、その分過敏に反応してしまうのだろう。
「龍介さん、かわいいね……」
思わず呟いて、耳たぶを甘噛みした。
さてあとはこの滑らかに削り出された大理石みたいな背中を存分に愛撫して、めろめろのとろとろにーーと思ったとき、龍介ががばりと起き上がった。
「そろそろ攻守交代だ」
「えっ、あ、わ」
手首を掴まれて押し倒されてしまえば、本来の体格差では百樹に勝ち目はない。
「せっかく龍介さんの弱いとこ開発したかったのにー!」
思わず本音が飛び出すと「やっぱりな」と龍介は苦々しく呟いた。
「おおかたTwitterでも見たんだろ。筋肉質は皮下脂肪が少ないからどうとか」
ば れ て る 。
そう顔にも書いてあったのだろう。龍介は苦笑し、それから不敵な笑みの形にして口の端を歪めた。
「続きは見てないようだな」
「続き?」
組み敷かれたまま、投げ出してあったスマホをどうにか掴む。SENのアカウントでいいねするわけにはいかないから、ブックマークしてあったツイートを呼び出すと、たしかにツリーになっていた。タップして続きを呼び出す。
〈あと、相手に五分間好きにさせて、触ってきたところがそいつの性感帯〉
「え?」
うつ伏せのまま、首をひねってなんとか背後を見上げる。
「龍介さん、これ……見た……?」
龍介は元々Twitterなどやっていなかった。百樹の舞台情報を得るためにアカウントを作ったのは知ってる。が、それ以外も目を通しているとは。
「たまたまな」
言うが早いか、龍介は百樹の手からスマホを奪うと脇にのけ、浴衣をひんむいて背中を露わにした。
「ひゃん!」
「背中が弱いとは知らなかった」
「や、あ、んっ、くすぐった……」
言いつつ、身体中がざわざわと熱を持ち、震える指先はシーツを掴む。龍介は舌まで肉感的で、巧みに這わされるとその都度甘く声が漏れてしまう。
ついに腰の裏側の窪みに口づけられると、びくんと体が大きく跳ねた。
「んんっ……!」
当分リードは譲ってもらえそうにない。
〈了〉
20210530
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