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「これ、咲かせてくれないかな」
ある時、友人から種を渡された。ずいぶんと不躾に頼むな、これはなんだ?
「近所でもらったんだけど、自分で花を咲かせる自信がなくてさ。お前ならできるかなって思って」
友人が言った。花を咲かせた経験はあるが、なぜ俺がなんのメリットもないのに花を咲かせなければいけないのか。
そもそも、もらったものなのだから自分でなんとかすればいいのに、と俺は思った。
「種をくれた人に、俺は花を咲かせるのが得意とか言っちゃったんだよ。友達を助けると思って、頼むよ」
「しょうがないな。で、これはなんの花なんだ?」
「えっと・・・マリー?なんとかってやつだよ。よく見るやつらしいよ」
「多分、マリーゴールドかな?それくらいちゃんと聞いておけよな。まぁいいや、枯れても知らないぞ?」
「おう、俺がやるよりは絶対可能性が高いから頼むわ!」
そう言って俺に種を渡してきた。ここで、なぜ友人は俺を頼ったのか、だ。俺は過去に何回か、花を咲かせた経験がある。
だからその実績を買ってのことなのだろう。だが、俺が花を咲かせることができるのには理由があるのだ。と言うのも、俺は
花の声が聞こえるのである。それは、もちろん花が咲いた状態なら聞こえるし、種の状態でも聞こえる。こんなことを言うと
馬鹿にされるかもしれないし、実際に本当かどうかなんてわからないのだが俺は花の言った通りに水をあげたり場所を移動させたり
することで花を咲かせてきた。実際、先ほどから俺が受け取った種もぶつぶつと独り言を言っている。主に友人に対してだが、
やれ無責任に受け取るなだの自分で何とかしろだのと、俺が言いたいようなことを言っていた。俺は花の声が聞こえるだけではなく
花の言葉を喋ることができる。と言っても声に出す必要はなく、頭で念じるだけなのだが。そこで俺は花に対して話しかけてみた。
「これから俺が頑張って育てようと思うから、よろしくな」
「うん、よろしく。・・・って、あれ?君は喋れるの!?」
「ははは、それはこっちのセリフだよ。何かあったら言ってくれよな」
「あ、ああ。花の言葉がわかる人間なんているんだな」
そんなことを考えながら俺は家へと帰った。さて、早速鉢植えの準備だ。ちょうど空いている鉢植えがあったので、種に聞いた。
「ここがお前の鉢植えなんだけど、いいかな?」
「いいじゃないか。よろしく頼むね」
こうして俺と種の生活が始まった。
鉢植えを用意してから、花と会話をした。と言っても無駄話ではなく、しっかり花を咲かせるにはどうしたらいいのか、と言った
具合のことだ。
「俺、マリーゴールドって咲かせたことがないんだけど、どうしたら良いのかな。一応、調べて出てきた限りのことはするけど」
「そんなこと言われてもこっちも良く分からないや。でもとりあえず水が欲しいとかそういうのがあれば言うようにするよ。何より
太陽の光だけは十分にくれるとありがたいかな」
「わかった。ベランダに置いておくから、日が出ているうちは大丈夫なはずだ。太陽ばっかりはどうしようもないから、雨の日は
我慢してくれ」
「雨が降っても太陽光はあるから大丈夫だよ」
「そうなんだな。って、お前まだ花すら咲いていないのにずいぶん詳しいんだな」
「それは私を生んでくれた花からの情報だからね。間違ってはないと思うよ」
面白いことを聞いた。種は自分が生まれた時のことを覚えているということなのだろうか。そもそも花の記憶がどういう状態なのか
わからないのだが、種が前の自分というか親というか、自分を生み出した花のことを覚えているのであればその経験は生かすべき
だろう。そんなことを思いながら、俺と種の一日目は終わった。翌日、朝になると種から声が聞こえた。
「そろそろ、水をくれないかな」
こうやって自分から頼んでくれると楽だなと思いながら、俺は自分が飲むためのコーヒーと種にあげるようのじょうろを持って
種のそばへと行った。そしてじょうろから水をあげていたその時、俺はうっかりコーヒーをこぼしてしまい、その一部が鉢植えの
中に入ってしまった。
「うわ!ごめん、大丈夫か?熱くないか?」
「大丈夫・・・というか、何これ?めちゃめちゃおいしい!」
種には何事もなかったようだ。そのことは良かったのだがその後に種が言ったことが気になった。
「これはコーヒーっていう人間の飲み物だけど・・・おいしいの?」
「うん、すっごくおいしい!それ、たくさんくれないかな?」
「え?いや、俺としてはいいけど・・・熱くないの?冷まそうか?」
「あ、熱くなくても平気なの?それなら冷たい方がいいな」
不思議なこともあるものだな、と思いながら俺は種用にコーヒーを作った。冷たい方が良いと言うので、淹れたコーヒーに
氷を入れた簡易的なアイスコーヒーにした。
「おいしい!水分も取れるし、ずっとこれにしてくれないかな!?」
「えっと・・・人間の常識だと、花にコーヒーをあげるのは一般的じゃないんだ。調べるから待っててな」
調べてみると、コーヒーの粉を土に混ぜるのは良いと言っている人もいるようだった。どうしたものか。普通の育て方をしないで
もしも枯れてしまったら友人になんといえばいいかわからない。といって味を覚えてしまった種にこのことを告げるのはいいこと
なのだろうか。だが何はともあれあまり良いことではないと言うことは伝えておくべきだろうと思い、俺は種に話すことにした。
「調べてみたけど、あんまり良いこととかは書いてなかったよ。だから、毎回あげるって言うのは無理かな」
「そうなの?残念だな・・・。でも、たまになら良いよね?」
「うーん。花にコーヒーをあげたらどうなるかって言うのを調べても出てこなくてさ。できる限りはあげたくないんだけどな」
「私が実験台になるから、お願い!たまにで良いから!」
そう言われると俺は断れなかった。まあいいか、もしも枯れてしまっても俺が友人に怒られるだけだし、本人、いや、本種が望む
ことをしてあげるべきだろう。人間だって、健康に良くないと思ってもたばこを吸う人もいるしな。
こうして種にコーヒーをあげる暮らしをしながらしばらく月日が経過した。そんなある日、俺が目を覚ますと種から俺を呼んでいる
声が聞こえた。なんだ?と思い鉢植えにいくと、鉢植えから芽が出ていた。良かった、成長したんだと思っていると芽が話しかけて
きた。
「やったよ、成長できたよ。久しぶりにあなたの顔を見たよ」
成長してくれたことは喜ばしいことなのだが、顔を見たって言う感覚なんだなと少し俺は笑ってしまった。友人から種を受け取った
時に俺を見ていたかもしれないが、そもそも「見る」ってどういうことなんだろうな、と思ったからだった。だがそれを言うなら
そもそも花が喋るのだっておかしいよな、芽が出てきたのだから目の代わりかな、なんてくだらない冗談を思いながらこの感情を
心に閉まった。
「あれ?私が成長できたって言うのに、嬉しくないのかな?」
「いやいや、そんなことはないよ。感動のあまり言葉を失ってたんだよ」
「そうだったんだね。じゃあ、成長できたお祝いにコーヒーをもらえるかな」
そんなことを話しながら、本当にコーヒーが好きなんだなと感心しつつ俺は水とコーヒーをあげた。そこから芽はすくすくと
成長していき、かなり大きくなった。花が咲くのはいつかな、なんて考えていると程なくしてつぼみが出てきた。
「もうすぐ花が開くんじゃないかな?」
「うーん、自分でもよくわからないんだよね。芽が出たのだって急にだったしね」
「そうか、花が咲いたら友人に君を返すことになるのかな」
「友人って、私をあなたに渡した人だよね?あなたの友達だから悪い人じゃないのかもだけど、私はここにいたいな」
「そうなの?君は元々友人のものだったんだよ?」
「そうだけど・・・。私の気持ちを全部言わせないでよね」
なんだか花に懐かれたようだった。悪い気はしない、いや、すごく嬉しい。それに俺だって花を咲かせたらお別れだなんて嫌だと
言う思いはある。お金で解決ができるのならなんとかしたいところではあるのだが、そういう話でもなさそうだ。そもそも、友人は
なぜ花を咲かせようとしていたのかの説明もしてくれなかったのだがそのことは花が咲いたら改めて聞いてみるかな、と思い
その日は眠りについた。そして翌日、目を覚ますとまた鉢植えから声が聞こえる。俺が近づくと、立派な花が開いていた。
花の色は黒色だった。だが、花びらの形なんかを見る限りではマリーゴールドだ。マリーゴールドなのに花が黒い?そんなことが
あるのか?と思い俺は花への声かけも忘れて調べてみた。だがいくら調べてもマリーゴールドが黒色だという話は出てこない。
他に似た花で黒色のものがないかと調べてもみたが、そもそも黒色の花自体があまりないのだ。そこで俺は気づいた。まさか、
コーヒーをあげていたからか?コーヒーをあげると花が黒色になる?そんな馬鹿な、そんな話は聞いたことがない。だが俺は
コーヒー以外は普通の花として育てたはずだ。となると元々黒色の花だったのかという話になる。これは確認してみるしかないと
思い、花が開いたこともあるので俺は友人を呼び出すことにした。
俺が連絡をするとすぐに友人がやってきた。そして咲いた花を見て一言、こう呟いた。
「花の色が黒色?そんなことってあるの?」
それは驚くだろう。だがどうやってこのことを説明しようか。コーヒーをあげていたなんて言うとなんでだ、という話になる
だろうし、そもそもコーヒーをあげてことが黒色の花が咲いたという証拠もない。ただ、とりあえずは事実確認が必要だと思い
俺は友人に尋ねてみた。
「この花の種って他からもらったって言ってたよね?その花は黒色じゃなかったの?」
「うん、黄色い花だったよ」
元の花が黄色だというと、やはり元はマリーゴールドのようだ。だが実際に目の前にあるのは黒色の花なわけで、そのことに対する
説明をしろと言われてもできない。どうやったんだと聞かれても俺はコーヒーを与えた以外は普通のことしかしていないし、
コーヒーを与えたのはなぜか、と聞かれると俺が花と会話ができることも話さなければならなくなる。そんなことを信じてくれる
はずもないだろうから、ただ単に俺が勝手にコーヒーを与えた人という扱いを受けるだろうし、コーヒーを与えることで
マリーゴールドは黒色の花を咲かせるなんてことがわかれば真似をする人も出て来るかもしれない。友人が誰彼構わず話すとは
思えないが、人の口には戸が立てられないものでどこからそんな話になるかもわからない。黒色の花が咲くことが悪いと考えて
いるわけではないのだが、今回のケースが本当にたまたまこうなっただけだったとしたら、本来であれば花を咲かせることすら
できなかったのでは、なんて考えると俺の口からはコーヒーを使ったことなんて言えなかった。そんなことを考えていると友人が
俺に話しかけてきた。
「まあいいや、咲かせてくれてありがとうな。ところでこの花、もらってくれないかな?」
「え?なんで?花を咲かせてくれって頼まれたから咲かせたけど、いらないの?」
「黄色い花が咲いてくれたら俺も種をくれた人に見せようかなと思ってたんだ。俺が育てた、とは言わないけどちゃんと咲かせる
ことができましたってことでね。でも黒色だろ?だからさ」
黒色の花が咲いたことが嫌なのだろうかと思っていると友人がさらに続けた。
「ああ、黒色が悪いって言ってるわけじゃないんだよ。むしろ素敵な色だと思ってる」
「じゃあ、なんで種をくれた人に言わないの?」
「自分のことだもんな、気づくわけないよな」
「え?何が?」
「黒色の花が咲いたって言って欲しくないんだろ?それに、この花に愛着が出たのかこの花とお別れなんて嫌なんだよな」
「え・・・うん、まあそうだけど、なんでわかったの?」
「俺とお前の仲を舐めるなよ。お前の考えくらいは大体わかるっての。なんで言って欲しくないか、まではわからないけどな。
ってことで俺は帰るよ。花を咲かせてくれてありがとうな。大事にしてやってくれよ」
俺の心は全て読まれていたようだ。友人が帰ってから俺は花に話しかけた。
「ということだから、これからもよろしくね」
「うん、よろしくね。私も種を作るだろうから、長く世話してくれると嬉しいかな。でもなんで友達はあなたのことがわかったの
かな」
「わかんないや。もしかしたら人の心の声が聞こえる特殊な能力があるのかもね」
「そんな変わった能力が・・・。あっ」
俺と花は一人と一輪で笑い合った。
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