ココロ エグル 嘘ツキ

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「だからどんなに稼いでも,クソホストに売り上げ持っていかれてぇぇ……残りのお金は治療費でなくなるし……私の身体を求めてくる客も私の姿を知って離れていくしぃぃ……みんな,私に愛してるだの,自分の女になれだの言ったくせに……」  敦の視線が何度も玄関に向いているのを真美子は逃さなかった。 「あのクソホストが私を店に紹介したとき,あんたが面接したじゃん……あんたも私なら稼げるって言ったよね……金が必要なら頑張ればいいって言ったよね……」  真美子の口調が強まり,スース―と音をたて,歯のない口から涎を垂らしながら早口になっているのに恐怖を感じていた。 「私を求めてくれるのが嬉しかった。私を必要としてくれるのが嬉しかった。みんなが私を褒めてくれた。子供のころから誰も言ってくれなかった言葉……愛してると言ってくれた。なのに……なのに……みんな口先だけで……」  玄関までの距離を確認しようと視線を真美子から外した瞬間,顔と顔がくっつくほどの距離に真美子が移動していた。一瞬の出来事で言葉を発することもできないまま固まっていると,真美子が手にした太い注射器が首に刺さり,大量の白濁した液体が敦の首の皮を引きちぎるように激しく乱暴に打ち込まれた。 「これ……私の頭を溶かしたクソ客が置いていったやつ。あいつ,これで私の身体に色んなもんを注射しやがったんだよね。それ以来,指先が震えるし最悪。あんたには漂白剤をぶち込んでやったから,これで身体の中から綺麗になるよ」  次の瞬間,敦は首の焼けるような熱さと呼吸ができない苦しさで口を大きく開き,首を掻きむしりながら床を転がり回った。ゼーゼーと喉の奥から必死に息を吐き続ける音がし,真っ赤に充血した眼から涙が溢れた。 「あんたが指名を回さないから……あんたは私を否定したから……あんたは私を殺そうとしたんだよ……わかってんの?」  激しく痙攣しながら首を掻きむしり,何度も嘔吐をしては無意識に真美子に手を伸ばし助けを求めた。 「ふふふ……あんたが最後に求めるのは私なのね。私のことを思いながら苦しんだらいい。私だけを見ながら。ふふふ……」  敦の筋肉が硬直し,血脈が破裂しそうなほど浮き上がり,掻きむしった皮膚が破れ,不自然に反り返った骨が軋み,全身の肉が波打った。  痙攣が激しくなり,全身がバラバラになるような不自然な動きをしたかと思うと,突然動きが止まった。  真美子は最後まで動かなくなるのを見届けると,隣の部屋のドアを開けて電気をつけた。独特な脂の臭いが漂い,防虫剤のような人工的な臭いが後から追いかけてくるかのように部屋から溢れ出した。  明るい部屋には大量の両手・両脚のない五体不満足な大小さまざまな型のマネキンが並べられていた。 「ほら,私を堕とした店の店長よ。あんたたち知り合いなんでしょ? 横に並べてあげる。ほら,私を愛しているって言ったあんたたちも,顔見知りの店長が仲間入りよ。みんな私に嘘をつくからいけないの。私を大切にしないからいけないのよ。みんな私のことを愛してるって言ったくせに」  よく見ると部屋には内臓を抜かれ,血肉を処理され皮だけになった身体に大量の綿が詰められ,皮を縫われてぬいぐるみのようになった男たちが何人も並べられていた。義眼がはめられたその顔は,どれも真美子によって処理され,家族であっても見分けがつかないほど変形していた。 「あ……どうしよ……私,運転免許もってないけど,あの車があるとマズイよね……。ねぇ,誰か運転してくれたら嬉しいんだけど……。ねぇ,いま,私があんたたちにお願いしてるんだよ?  ねぇ,なんで誰も自分が運転しますって言ってくれないの?」  手足のない人の皮でできたぬいぐるみは応えることもなく,それがかつて生きていたことも疑わしいほど原型をとどめていなかった。 「ねぇ…………無視しないでよ……お願いだから無視しないで……わたしもみんなのこと大好きなんだよ……ねぇぇ……愛してるんだよぉぉ……」 「ねぇぇぇぇぇぇ……愛してるって言ってるじゃん……」 「ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
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