ココロ エグル 嘘ツキ

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 誰もいない部屋で一人スマホの画面を覗き込むようにして店の開店を待ったが,気がついたときには待合室には女の子が溢れ,次から次へと指名が入っては消えてゆくのを俯いたまま感じていた。  時間だけが過ぎてゆき,カラカラと音を立てる換気扇が五月蠅く不快だった。不安に押し潰されそうになりながら俯いてスマホを握り締めていると,いつの間にか呼吸が浅くなり,部屋の空気が酷く薄く感じた。  電話のライトが点滅するたびに,次は自分に違いないと期待したが,真美子を指名する呼び出しはまったくなかった。何度電話のライトが点滅しても,受付からの呼び出しがないことに不安になり指先がひどく震えた。 『え……? なんで……? なんで,誰も指名してくれないの……?』  真っ暗なスマホの画面に映り込む自分の瞳が不安と怒りで歪んで見えた。汗ばむ指先が激しく震え,ゆっくりと顔を上げて,周りを見るとよく知る女の子に混じって数人の若い子がいた。 『え……? 誰……? なに……?』  明らかに自分より可愛いか,スタイルのよい女の子達を見て目の下が激しく痙攣し,心臓が小さくなったまま固まってしまったかのような激痛に襲われた。呼吸ができず,空気を吸おうと思っても息が吸えず,肺に十分な酸素が入って来ないような気がして目の前が真っ白になっていった。 『なに……? なんなの……? 誰よ……? どうしたの……?』  俯いたままスマホを睨みつけ,視界の端に見える新人の女の子達を警戒した。手と脇に大量の汗をかき,額からじっとりと垂れる汗が顎を伝ってスマホの画面に落ちた。  結局,この日は誰も真美子を指名する客は現れず,ずっと一人で真っ暗なスマホの画面に映る自分の瞳を睨みつけていた。  時間の経過とともに一人,また一人と店を上がっていったが,誰も真美子に挨拶する者はおらず,真美子も終電ギリギリになるまで俯いたまま歯を食いしばって痙攣する目の下の皮膚を何度も摘まんでは離した。  女の子達は,そんな真美子を避けるようにして静かに店を後にした。どれくらい時間が経ったかわからなかったが,店の掃除と戸締りを行う敦が部屋に入ってくると真美子を一瞥(いちべつ)するだけで言葉をかけることもせず黙って部屋のごみを掻き集めて出て行った。  丸一日まったく指名もなく,それを苦手な男から同情されている現実が真美子の心の底に(うごめ)く得体の知れないプライドをひどく傷つけた。部屋の外でゴミを集め,雑な掃除をしている敦の気配を感じながら,歯を食いしばり,声を殺して大粒の涙をこぼした。
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