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車が滑るように夜の街を走るなか,敦の丁寧な運転に感心しながら流れる街灯の灯りをぼんやり見ていた。
ずっと目立たない地味な自分が風俗店の店長の運転する車に乗っていること,毎日知らない男達の欲望を満たすことで安心を得ているとこ,男に貢ぐために身体を売ったこと,すべてが現実とは思えなかった。
自分の存在を認めてもらえる嬉しさと,いつまで続くかわからない不安に押し潰されるような気がした。自分でも可愛いとも綺麗とも思っていないが,周りの女の子と比べられるのは不快だった。
街灯の色が変わり,まるで真美子の住む場所を知っているかのように迷うことなく敦は車を走らせた。住宅街に入り,何度か角を曲がると真美子の住む三階建てのマンションに着いた。
「ここで大丈夫か?」
真美子は無愛想にうなずき,鞄から鍵を取り出した。車のドアを開けようと手を伸ばした瞬間,敦を睨みつけるように振り返り,唇を噛み締めて涙を流した。
「お……? どうした? 急に?」
敦にとって女の涙など,この業界に入ってからというもの何度も見てきたので,いまさら何も感じなかったが,真美子の涙は怒りに満ちた攻撃的なもので,その表情からも普通ではないと感じた。
「なんだよ?」
「あんた……今日一日わざと私に指名を回さなかったでしょ」
いまにも殴りかかってきそうな真美子の勢いに敦も真っ直ぐ顔を見ることができなかった。
「あんた……なんか勘違いしてるんじゃない?」
「なんだよ,急に? 勘違いってなんだよ?」
「あんた……私が売り上げを抜くようなことをしてるって疑ってるでしょ」
「なんだ……そんなことか……」
「そんなこと……?」
「おう……もっと男と女のことかと思った」
一瞬で真美子の表情から一切の感情が消え,さっきまで泣いていた眼が黒く濁った。首を傾げて初めて目にするモノでも見るかのように敦の目を覗き込んだが,造り物のような瞳は真っ黒で感情がなかった。
一瞬のことで敦も反応できずに,目の前にある真美子の見たことのない表情から目を逸らせなかった。
「あんた,馬鹿なんじゃない?」
真美子は急に興味を失ったかのように車から降りると,車の前を回り込むようにして運転席の横に立った。
「ちょっときて。あんたに見せたいものがあるから」
「あんまり時間取れないから,ササッとだぞ。それと俺は店の商品には手を出さないからな」
「馬鹿じゃないの……自惚れてんじゃねぇよ……」
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