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車をマンションの入口付近にある宅配業者や引越し業者が使う駐車スペースに停めると,二人で真美子の部屋へ向かった。
黙って前を歩く真美子は,鞄からカードキーを取り出し,エントランスから部屋のドアまで一度も止まることなく進んだ。
部屋のドアが静かに開き,中から女の子特有の甘い匂いが溢れてきた。
「あがって……」
無愛想に出されたスリッパを履き,驚くほど何もない部屋に入った。女の子らしい匂いとは真逆のような殺風景な部屋には,小さなテーブルの上にノートパソコンが一台置かれているだけだった。
「洋服とか大切なモノは隣の部屋。私,物とかないほうが落ち着くの」
敦の居心地の悪そうな表情を見て,真美子が質問される前に答えた。
「で……,俺に見せたいものって?」
「ん,ちょっと待ってて。今日は指名なかったから必要ないんだけど,日課で帰ったらすぐうがいをしてるの」
「ああ……偉いね……」
「うん……」
そう言うと,キッチンの上にある食器用の漂白剤を口に含み,音を立ててうがいを始めた。
「え? おい!! そんなん口に入れたらヤバイだろ!?」
敦が慌てて真美子を見たが,シンクに漂白剤を吐き出すと,水を口いっぱいに頬張り再びうがいをした。真っ赤に充血した眼が涙を浮かべ,大量の涎が口から糸をひいた。
「ヤバイかどうかは知らない。でも,こうやって毎日身体の汚れを落とさないと精神が平気でいられないの」
「え……?」
「毎日,身体も隅々まで漂白剤で洗うの。普通の石鹸なんかじゃ落ちないから。明日のお日様が出る前に……すべて,この身体に刻まれた汚れを落としたいの……」
真美子が口を大きく開けると,上顎の前歯六本,下顎の前歯六本分の入歯が糸を引きながらゆっくりと落ちた。
「え?」
驚く敦を無視して,顔を洗うような手つきで髪の生え際に指を挿し込み,ゆっくりと手を持ち上げるとサラサラの髪の毛が宙に浮き,僅かに残った産毛と赤紫に変色した蜘蛛の巣のような模様が浮かんだ頭皮が現れた。
「ちょ,ちょ……待った! マジで待った!」
真美子は慌てる敦に応えずカツラを置くと,黙って両手を前に突き出し,爪を見せた。
「え? え? なに? 手がどうした? 指か? マジでなんなん?」
無表情のまま,敦の眼を真っ直ぐ見て前歯のない口からいやらしく舌を出した。
「クソホストがさぁぁ……客が喜ぶからって私の前歯をペンチで抜いたの。頭はそいつが連れてきたクソ客がさぁぁ……面白がって薬品ぶっ掛けてきて,泣き叫んで苦しむ私を見て喜んでた……爪は全部剥がされて指先もペンチで潰された……ネイルはそれを誤魔化すためのもの……」
「あ……え……? あ……そ,そうなんだ……大変だったんだな……,えっと……あの……」
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