66人が本棚に入れています
本棚に追加
第二話「発光」
しとしとと水音をかなでる雨のベール……
路地裏の泥溜まりを弾き、全力疾走するのはひとりの学生だ。
彼の名前は二合恵留という。
ただ、その必死の形相は狂気に近い。察するに彼は、おぞましい〝なにか〟から逃げているようだ。
彼をここまで追い詰めるものも想像しづらい。メグルには、彼ともうひとりの少女しか知らない特殊な才能がある。ちょっとやそっとの脅威なら、あっという間に跳ね返しているはずだ。
人気のない暗がりを無我夢中で逃げるメグルを、その謎めいた存在が追い始めたのはいつごろからだったろう。
建物のはざまを疾走しながら、メグルは声を荒げた。
「〝墳丘の松明〟!」
轟音とともにメグルの背後を薙ぎ払ったのは、突如空中に現れた火縄銃たちだ。呪力でできた幻影の弾丸は、火花を散らしてあちこちを跳ね返る。
建物の角を曲がって、メグルは糸が切れたように立ち止まった。行く手を、雑居ビルの高い壁がはばんでいる。行き止まりだ。
室外機の回転と雨音だけが、ただ静かに鳴っていた。
もときた闇を注視しながら、息切れとともに独り言をこぼしたのはメグルだ。
「追い払った、か?」
一拍おいて返ってきたのは、きしるような声だった。
〈その呪力……〉
声の源へ、メグルはすかさず鉄砲を撃った。
仕留めたか?
いや、不吉なささやきは、見当違いの側壁から聞こえた。
〈その結果呪、この場で過去に撃たれた銃の記憶を再現しているな。赤務市もその昔は戦場だった。探せばそこらじゅうに、銃撃の結果は残っているだろう〉
またメグルの放った火線は、追手の気配を射抜いた。
こんどは性別不明のつぶやきは、反対側の排水溝から響いたではないか。
〈非銃社会の日本でその威力なら、国外の戦場ではどうだ? あるいは鬼神のごとき凄まじい性能を発揮するかもしれない〉
暗闇のそこかしこで谺したのは、深く水が裂ける音だ。ときおり鋭い輪郭を見え隠れさせ、音はのたくりつつメグルへ迫ってくる。
「おまえがヒュプノスなのか!?」
メグルの誰何を、追跡者は即座に否定した。
〈ちがう。世間は私を〝食べ残し犯〟と呼ぶ〉
「く、来るな!」
壁にすがりつきながら、メグルは火縄銃を乱射した。
あいかわらず、銃弾が獲物に効いたようすはない。敵の数はひとつ、ふたつ、みっつ……いや、もっとか? もしくは、そんなにもいない?
とめどなく銃火にまたたきながら、メグルはひび割れた悲鳴をあげた。
「だれかァっ!! 助けてくれェっ!!」
〈いただくよ、その力〉
水しぶきをまとって跳んだ白い輝きに、メグルの意識は飲み込まれた。
最初のコメントを投稿しよう!