第二話「発光」

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第二話「発光」

 しとしとと水音をかなでる雨のベール……  路地裏の泥溜まりを弾き、全力疾走するのはひとりの学生だ。  彼の名前は二合恵留(ふたあいめぐる)という。  ただ、その必死の形相は狂気に近い。察するに彼は、おぞましい〝なにか〟から逃げているようだ。  彼をここまで追い詰めるものも想像しづらい。メグルには、彼ともうひとりの少女しか知らない特殊な才能がある。ちょっとやそっとの脅威なら、あっという間に跳ね返しているはずだ。  人気のない暗がりを無我夢中で逃げるメグルを、その謎めいた存在が追い始めたのはいつごろからだったろう。  建物のはざまを疾走しながら、メグルは声を荒げた。 「〝墳丘の松明(グレイイーグル)〟!」  轟音とともにメグルの背後を薙ぎ払ったのは、突如空中に現れた火縄銃たちだ。呪力でできた幻影の弾丸は、火花を散らしてあちこちを跳ね返る。  建物の角を曲がって、メグルは糸が切れたように立ち止まった。行く手を、雑居ビルの高い壁がはばんでいる。行き止まりだ。  室外機の回転と雨音だけが、ただ静かに鳴っていた。  もときた闇を注視しながら、息切れとともに独り言をこぼしたのはメグルだ。 「追い払った、か?」  一拍おいて返ってきたのは、きしるような声だった。 〈その呪力(ちから)……〉  声の源へ、メグルはすかさず鉄砲を撃った。  仕留めたか?  いや、不吉なささやきは、見当違いの側壁から聞こえた。 〈その結果呪(エフェクト)、この場で過去に撃たれた銃の記憶を再現しているな。赤務(あかむ)市もその昔は戦場だった。探せばそこらじゅうに、銃撃の結果は残っているだろう〉  またメグルの放った火線は、追手の気配を射抜いた。  こんどは性別不明のつぶやきは、反対側の排水溝から響いたではないか。 〈非銃社会の日本でその威力なら、国外の戦場ではどうだ? あるいは鬼神のごとき凄まじい性能を発揮するかもしれない〉  暗闇のそこかしこで(こだま)したのは、深く水が裂ける音だ。ときおり鋭い輪郭(シルエット)を見え隠れさせ、音はのたくりつつメグルへ迫ってくる。 「おまえがヒュプノスなのか!?」  メグルの誰何(すいか)を、追跡者は即座に否定した。 〈ちがう。世間は私を〝食べ残し犯〟と呼ぶ〉 「く、来るな!」  壁にすがりつきながら、メグルは火縄銃を乱射した。  あいかわらず、銃弾が獲物に効いたようすはない。敵の数はひとつ、ふたつ、みっつ……いや、もっとか? もしくは、そんなにもいない?  とめどなく銃火にまたたきながら、メグルはひび割れた悲鳴をあげた。 「だれかァっ!! 助けてくれェっ!!」 〈いただくよ、その力〉  水しぶきをまとって跳んだ白い輝きに、メグルの意識は飲み込まれた。
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