第二話「発光」

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 美須賀(みすか)大学付属高校……  空は暗くにごり、校舎は雨に煙っていた。 「セラ、二合(ふたあい)と仲ええよな?」 「うん、友達だよ、シヅル」  朝礼前の教室には、あるうわさが流れていた。  前後の席でお喋りするのは、クラスメイトの江藤詩鶴(えとうしづる)井踊静良(いおどせら)だ。  教室の空席をながめ、セラは眉をひそめた。 「そういえば彼、きのうも欠席してたね?」 「もうこの時間や。たぶんきょうも()えへん」  前の席から声を押し殺し、シヅルはうしろのセラへ耳打ちした。 「もしかして巻き込まれたんとちゃうか、二合(ふたあい)は?」 「巻き込まれた? なにに?」 「ほら、ニュースや新聞で騒がれとるやろ。例の殺人事件?」 「ああ、あれか。被害者の手や足の一部だけが現場に残された〝食べ残し〟事件? あれとメグルを結びつけるなんて、縁起でもない」  顔色を悪くしたセラに、シヅルはうなずいて続けた。 「専門家の見立てやと被害者はもう二十人を超えとって、食べ残された部分から推測しただけでもそれやで。仏さんは指や頭皮のかけらだけを残して綺麗さっぱり〝消え〟てしもうとるから、ほんとの被害数はもっと多いかもって話や」 「食べ残されたように消える……ひどく中途半端なやり方だね?」  そう言ってのけたセラへ、シヅルは不思議そうな顔で聞き返した。 「中途半端?」 「仮にぼくが犯人なら、仕留めた獲物はきちんと消し去るってことさ。わざわざそんな分かりやすい痕跡を残すということは、殺人鬼ならではの奇癖か、もしくはどうしても制御しきれずにそうなってしまう仕組みなのか……」 「ほんとに人間とちゃうのかもな、犯人は。全校集会でも言われたけど、うちらも気いつけんと」 「シヅルは護身術を学んでるから大丈夫だね」 「相手が街のチンピラレベルやったら、な。はたして二合(ふたあい)は無事なんやろか?」 「メグルなら……」  言葉の選び方に、セラは戸惑った。普通人に結果呪(アレ)をどう説明したものか。 「メグルなら、よほどの相手でなければ心配ないと思う。そう。たとえば敵が、凄腕のハンターや、超スピードの肉食獣とかでないかぎりは」  黒雲からこぼれた雷光に視線をやり、セラは自信なさげな面持ちになった。 「帰りに家に寄ってあげよう。彼、お母さんも入院中だっていうし……」  朝礼のチャイムに導かれ、教室に入ってきたのは恰幅のいい担任だった。  そのうしろには、見慣れないものを引き連れている。  騒然となったのは、クラス中の女子たちだ。セラとシヅルも例外ではない。  太った中年の担任は、対象的なとなりの人物を教室に紹介した。 「きょううちに着任した倉糸(くらいと)先生だ」  高身長の新任教師は、うやうやしく腰を折った。銀縁眼鏡の奥、剃刀色の瞳をビジネススマイルにほころばせて挨拶する。 「おはようございます。よろしくお願いします。倉糸(くらいと)です。倉糸壮馬(くらいとそうま)。日本に帰化する前の名前はソーマ・クライト。言葉を覚えるのが好きでしてね。日本語、英語、中国語をはじめ、三十か国語を話すことができます」  じぶんの漢字名とアルファベット名を、ソーマはきれいな筆運びで黒板に併記した。 「本日から英語の授業を担当します。目標は、クラスのみんなの英会話レベルをワンランクアップすることです。かぎられた少人数のみを徹底的に鍛えるのではありません。クラスのおよそ四十五名全員で、一歩前に進むのです。それこそが学校の国際化です」  ひそかに黄色い歓声をあげる女子たちとは裏腹に、男子のほとんどはぶぜんと舌打ちした。よく透る声で「ではまた(シーユー)」と言い残すや、ソーマは顔同様に整った足取りで教室を去っている。  残された冴えない担任は、いつもの気だるげな調子で出席を取り始めた。  異世界でも覗いてきた顔をおたがい見合わせたのは、セラとシヅルだ。居酒屋で一杯めのジョッキを嚥下したおっさんの仕草で膝を叩きながら、シヅルはうなった。 「とんでもないイケメンがきおったな! セラ!」 「うん、ハーフだよ、ハーフ!」 「ただ眺めとるだけで外国語が上達しそうやで……」 「左手には銀色の腕時計いがい、結婚指輪の痕跡はなし♪」  セラの結論に、シヅルはあきれて肩をすくめた。 「降参やわ、セラ。年上の色男に対するあんたの観察眼には」
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