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五時間め……
女子という女子が待ち望んだ英語の授業はやってきた。
「多くの英語の先生は、授業中に使われる外国語と日本語の配分を気にします。日本語の使用にやや否定的なんですね。私はそうは思いません。日本語はすばらしい。各国の言語と照らし合わせても、その語彙量の多さは群を抜いています」
参考書を片手に講義するソーマからは、若く柔軟な知性があふれていた。
「そのぶん言葉だけであらゆることが表現できてしまうため、日本人の身振り手振りにとぼしい感覚は否めません。テレビ等で外国人が言っていませんでしたか。日本人はマジメだ、日本人はカタブツだ……そんなことはありません。もっとも諸外国に近い物理的表現をする都道府県が、国内にひとつあります」
メガネを輝かせると、ソーマはほほえんだ。
「大阪のおばちゃんです」
生徒たちを明るい笑いに誘いながら、ソーマはある席の前に立ち止まった。
「ですので外国人と交流するときには、ほんのちょっぴりで結構です。頭の中だけで難しく考えず、体でも表現してみてください。多少言葉にミスがあっても、身振り手振りでなんとなく思いは伝わります。〝大阪は、私が生まれた街だ〟……はい、では井踊さん。ちょっと私のマネをしてみてください」
「ぼ、ぼくですか? は、はい」
夢でも見る面持ちで起立すると、セラはソーマの動きをなぞって英文を復唱した。
英語の授業はまたたく間に終わり、つぎは体育の時間だ。
あいにくの雨天のため、授業の場は体育館に移っている。バレーボールのトスの順番待ちの最中、体操服のシヅルは三角座りのままセラにつぶやいた。
「倉糸先生はすごいな。授業にでてきた英語が、しっかり頭に残っとる。習った範囲内なら、いますぐにでも外国人と話せそうやわ」
「だね。ふだんは苦手意識しかない英語の時間が、あっという間に過ぎたよ。これは成績が上がりそうだ……ん?」
ふと、セラはあたりを見回した。不思議げにたずねたのはシヅルだ。
「どした?」
「いや、気のせいかな」
きょろつきながら、セラは続けた。
「唐突で変な質問なんだけど、シヅル。だれか、ぼくたちを見てないかい?」
「見る?」
元気な掛け声が反響する体育館を、シヅルも一望して答えた。
「そら先生やクラスメイトやったら、たまにはこっちを見もするやろ」
「いや、そういうのじゃない。その、なんというか……」
どこか居心地悪そうに、セラは周囲を気にした。
「なんというか、こう、じっと観察するような視線だ」
あちこちの窓や出入り口を確認しても、おかしなカメラや部外者等はいない。
体操着をつまみながら、シヅルは首を振った。
「このなんの色気もあらへんジャージや。見ても撮っても、楽しくもなんともないと思うで」
「わからないよ。世の中には、こういうのが趣味なのもいるかも。もしかしたら観察者には、もっと別の目的があるのかもしれない」
「観察者って、また大げさな。考えすぎやって。お、出番やで」
「うん……」
シヅルに示され、セラはしかたなく練習の位置についた。投じられたバレーボールを、無難にサイドステップして受ける。
校舎の陰で、その人影は独りごちた。
「このわずかな呪力に感づいたか、結果使い」
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