第二話「発光」

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 交差点のビルに設置された大型モニターは、あることを繰り返し報じていた。  さいきん赤務(あかむ)市で頻発している〝食べ残し〟事件の続報である。また似た手口で、別の尊い命が奪われたらしい。  放送コードが念入りに濁してこそいるが、例によって不幸な被害者は、未明に肉体のどこかの部位だけが発見されたようだ。遅く暗い時間帯、単独での行動はやめるようにとニュースキャスターもしきりに訴えている。市内を巡回する警察のボリュームも、普段よりいくぶんか多い。 「物騒なことだ。街の雰囲気もちょっと暗いね」  雨の中、カサを手に歩くセラの足取りも心持ち早い。不安の形をした雑踏とすれ違いながら、気がかりに負けそうになる己の心に言い聞かせる。 「大丈夫だ。結果使い(エフェクター)のメグルが、そうやすやすと変質者なんかに負けるわけない。きっと無事なはずだよ」  夕刻の道のりを急ぎ、セラはなんとか二合(ふたあい)家のアパートにたどり着いた。母親から借り受けた大事なカギを、うやうやしく扉にさす。  きしみをこぼす入口を開けながら、セラはささやいた。 「お邪魔しま~す……いるかい、メグル?」  室内から返事はなかった。  疑わしい風呂場、お手洗い、その他すべてを慎重に探したが、人の気配はない。やはり無人だ。  そして、それらすべての汚れ具合は、セラの高潔な精神に火をつけた。 「申し訳ないけど、お母さん。掃除をサボりすぎだよ。これはメグルが帰ってきたくなくなる気持ちもわかるね」  愚痴りながら、セラは携帯電話をいじった。メールの相手は父親だ。今夜、娘の帰りが遅くなるその理由とは……  通学カバンを置いて上着を脱ぐと、セラは強気に腕まくりした。 「ぼくの断罪の剣は、不浄を残さず粛清する」  数分後、アパートを震わせたのは、セラがホームセンターで買い揃えた山盛りの掃除用具だった。ここからセラの激闘ははじまる。  トイレとバスルームの磨き上げ。たまった空き缶類・生ゴミ等の処分。床の掃除機がけと水拭き、ホコリ取り。電灯を含めたそこかしこの蜘蛛の巣払い。うず高く積もった衣類の洗濯機がけ。食器洗いと台所の洗浄。乱雑に詰められたタンスの中身のたたみ直し。電化製品についたヤニと油膜の除去。部屋の四方への害虫トラップと湿気取りの設置。あらゆる清掃はプロの迅速さをもって、しつこい汚れを同時並行で除去していく。  セラの大車輪の活躍によって、二合(ふたあい)家は通常の倍以上の輝きを放ちつつあった。  品のよく主張しすぎない芳香剤の香りが、アパートを清めはじめたころ……  玄関のチャイムは鳴った。 「メグル!?」  コロコロローラーを片手に、セラは直感的に玄関へ向かった。マスクとバンダナ、ゴム手袋にエプロンを装着したまま、扉を開け放つ。  目をしばたかせ、セラは疑問符を口にした。 「え?」 「ほう?」  こちらも出入り口で首をかしげたのは、セラが想像だにしない来訪者だった。  冷然と正される銀縁眼鏡の奥、長身の英語教師の瞳は色素の薄い外国のそれだ。たたんだカサの水滴はしたたるに任せ、倉糸壮馬(くらいとそうま)はやや非難げにつぶやいた。 「あまり感心しないな、井踊(いおど)さん? 保護者不在で、女子生徒が男子の家にいるとは?」
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