第二話「発光」

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 メグルの家からセラが自宅へ帰るには、美須賀(みすか)大付属の前を経由したほうが近い。  妙な誤解は、セラとソーマが歩く道中にとけた。いままさに未知の脅威に直面している市内で、それも雨の夜、教師がひとりぼっちの女生徒の帰宅に同行するのは当然ともいえる。  並んで進むふたつのカサの位置には、かなりの高低差があった。小柄なセラに長い足で歩調をあわせながら、たずねたのはソーマだ。 「ではきみは、二合(ふたあい)くんのお母様の依頼であの家にいたんだな?」 「はい。ぼくの父親の許可もとってます。これは、メグルの家を掃除する前と後の写真です」  セラの提示する携帯電話の写真をながめ、ソーマはうなずいた。 「劇的な変わりようだな。まだ若いのに大したものだ、きみの家事能力は」 「父さんの世話で慣れてますので」 「いまどきなかなかいないぞ。放課後に遊びにもいかず、友達の家を積極的に大掃除する学生も」  頭ひとつ高いソーマの麗貌にドギマギしつつ、セラは問いかけた。 「倉糸(くらいと)先生は、またどうしてメグルの家に?」 「不登校の二合(ふたあい)くんへ、さっきの教材を届けるためだ。クラスの担任とも打ち合わせはしていて、かんたんな家庭訪問もおこなうつもりだった。だが」 「家にいたのはぼくだけだった、というわけですね」 「メグルくんはいったいどこへ?」 「それがさっぱり……」  落ち込むセラの横で、ソーマはあごに手をやって考えた。 「明日、私からお母様に警察への届け出を提案しよう」 「ありがとうございます。無事に帰ってくることを願いますよ、メグルが」  学校の前にさしかかると、セラは歩みを止めた。ぺこりとソーマに一礼し、申し出る。 「ここまでご足労をおかけしました。ぼくはこれにて失礼しますので」 「待ちたまえ」 「え?」 「時間が時間だ。自宅まで送っていこう」 「そんな」  喜んだか困ったかの表情で、セラは首を振った。 「お気遣いは結構です。それにまだ残ってますでしょ、学校のお仕事?」 「教師が最優先すべきは、生徒の身の安全だよ。例の殺人鬼〝食べ残し〟がニュースになり始めたのは、ちょうど私がここに着任したのと同じタイミングだ」 「そういえばそうですよね……なにかご存知なんですか、事件のこと?」 「私の範囲内では、そこそこに。タイムカードを切るから、職員室までついてきたまえ」 「は、はい……」  ためらいがちな足取りで、セラはソーマのあとに続いた。  すでにほとんどの明かりは落とされ、職員室に人気はない。  ソーマの席のとなりのイスをすすめられ、セラは座って待った。専用の磁気カードを機械にかざして退勤の処理をすませると、切り出したのはソーマだ。 「家庭訪問に先立って、二合(ふたあい)くんの直近の行動履歴を調べた」 「行動、ですか?」  通学バッグの持ち手を握るセラの両手は、我知らず固くなっていた。  大丈夫、ふつうの英語教師に結果呪(エフェクト)の秘密がわかるはずなどない。超能力そのものと呼べるあれがもし世間にバレでもしたら、ニュース会社や怪しい化学機関等が殺到することになるのは目に見えている。  苦笑いをこしらえ、セラはしらをきった。 「ひどいでしょ、イジメ?」 「みごとに反撃してみせたようだな、二合(ふたあい)くんは?」  刹那、セラの脳裏を早足に駆け抜けたのは〝墳丘の松明(グレイイーグル)〟の銃火と〝輝く追跡者(ヴェディオヴィス)〟の土砂崩れの光景だ。わざとらしく憤り、セラはごまかした。 「そりゃ、やられたらやり返しもします。人間なんですから」 「人間、か。ただの人間かな?」 「はい?」  ないしょで背筋を粟立てるセラの前へ、ソーマはおもむろに座った。じっとセラの瞳を覗き込み、ふくみのある口調で聞く。 「井踊(いおど)さん、さいきんなにか変わったことはないか?」 「と言いますと?」 「二合(ふたあい)くんが母親とそろって病院行きになる直前、おかしなことが多発したらしい」  ぽんと手を打って、セラは相槌をあわせた。 「あれですね。教室にとつぜん、大昔の幽霊が現れた騒ぎ。あれはびっくりしました。けっきょくあれは、不良たちのいたずらだったんでしょう?」 「関係者はそれで納得しているらしいな。しかし」  無表情にソーマは続けた。 「同じ時間帯、学校の裏山で、二合(ふたあい)くんは山崩れに巻き込まれた。現れ、そしてすぐに消えたという不可解な土石流に。不良グループのリーダー格の証言では、井踊(いおど)さん。そのとききみも、その場にいたそうだな?」 「それはその、幽霊から逃げてたら偶然。怖いものは苦手ですので、パニックになってたんです、ぼく」 「井踊(いおど)さん」  底知れぬ真意をこめ、ソーマは質問を変えた。 「きみは、一般人とは違うことができたりはしないかね?」 「ちがう、こと?」 「心に念じただけで、思いどおりに物事が動いたりすることだ。そう、たとえば」  そばの机に生けられた観葉植物を、ソーマはそっと指差した。 「たとえば、こんなふうに」  ソーマが指を鳴らしたとたん、花はなかばから切れて床に落ちた。  そう、切れたのだ。あたかも、見えない刃物がかすめたように鋭利な切り口をみせて。  騒々しく席を立ち、セラは顔面蒼白でうめいた。 「え、結果呪(エフェクト)……!」 「なるほど」  拾い上げた花の香りを、ソーマは涼しい顔でかいだ。 「つまりきみは結果使い(エフェクター)だ。呪力をもたない凡人なら、ただ花が切れて落ちたぐらいでそんな反応はしない。読んだな、私の呪力を。二合恵留(ふたあいめぐる)をここに連れてきたとしても、きみと同じ動きをしただろう」  動揺に、セラは思わずカバンを取り落とした。 「メグルを誘拐したのは、あなたなんですか?」 「誘拐などしていない」  あとじさったセラへ、ソーマは立ち上がって一歩迫った。 「彼は死んだ」 「さ、殺人犯!」  あわてて、セラは意識を集中した。 「〝輝く追跡者(ヴェディオヴィス)〟!」  前触れもなく割れた窓から、無数の石がソーマへ飛来した。  低く言い返したのはソーマだ。 「〝竜巻の断層(トルネンブラ)〟」  石ころたちは、どれも獲物に届く寸前に断ち切られて床を跳ねている。  見れば、ソーマの周囲におびただしく浮かぶのは、半透明の〝刀〟ではないか。  ポケットに片手を入れたまま、ソーマは告げた。 「〝過去にだれかが斬った結果を再現する〟私の呪力〝竜巻の断層(トルネンブラ)〟は、この国では日本刀として顕現するようだ。では井踊(いおど)さん、きみの結果呪(エフェクト)は? 過去に起こった土砂崩れをその場に再現する、といったところか?」 「くそ!」  わき目もふらず、セラは職員室を飛び出した。
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