第一話「点滅」

2/9
66人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
 校内の保健室で、白衣の看護師……片野透子(かたのとうこ)はデスクから飛び上がった。  セラに支えられ、ぼろぼろのメグルが入室してきたのだ。  勢いに回転する事務イスを背後において、トウコはうろたえた。 「せ、セラちゃん!?」  ちいさく舌をだし、セラはウィンクしてみせた。 「先生、またお願い」 「なになに、彼、戦場でもくぐり抜けてきたの?」  よくわからないうちに患者用のイスに座らされ、メグルはトウコの診察を受けた。  ペンライトでスグルの瞳孔を右、左と調べる。心配げにトウコはたずねた。 「吐き気はない? じぶんの名前は言える?」 「二合(ふたあい)です。二合恵留(ふたあいめぐる)……」 「わかった。二合(ふたあい)くん、シャツを脱いで。肋骨の具合が気になるわ」  半裸になったメグルに気を利かせ、セラは廊下のほうを向いた。メグルの胴体に聴診器をあてつつ、セラに質問したのはトウコだ。 「ただのケンカじゃなさそうね。相手がいない。なにがあったの?」 「ぼくの口から説明してもいいかな、二合(ふたあい)くん?」  女子なのに一人称が〝ぼく〟のセラへ、メグルは首を振った。うらめしげな顔つきで打ち明ける。 「シンゴのグループにやられたんです」 「シンゴ?」  聞き返したトウコへ、セラは補足した。 「学校でも有名な不良グループのことだよ。なんでも、ついさいきんリーダー格が変わったとか。力を知らしめたいのか、ずいぶんはでに暴れまわってる」  手足の関節の動作確認をされながら、メグルは鼻で笑い飛ばした。 「小物の集まりだ、あんなのは。〝ガンを飛ばした〟〝道をゆずらなかった〟うんぬんで因縁をふっかけられたんで、無視してやったのさ」 「それでそのざま、と」  肩をすくめて、セラは指摘した。 「あんな目に遭うのなら、道ぐらいゆずってやればいいじゃないか」 「ゆずったよ。それでもあいつらは納得せずに絡んできた。あれいじょう廊下を横に寄ったら、壁にめり込んじまう。どのみち俺は、目をつけられていたのさ」  聴診器を首におろし、トウコはささやいた。 「不幸中のさいわいね。骨折や内臓のダメージはなさそうだわ。セラちゃんに感謝よ。顔や手足のすり傷は消毒して絆創膏を貼っとくから、帰ったらかならず病院に行くように」 「はい、ありがとうございます」  衣服のボタンをとめながら、トウコに、そしてセラにメグルは順番に頭を下げた。 「ありがとな、井踊(いおど)さん」 「堅苦しいのでセラでいいよ、メグル」 「わかった。ところで」  上着を羽織りつつ、メグルはセラを遠慮がちにながめた。 「さっきのあの投石……小柄なわりにいい肩してるな、セラ?」 「目のつけどころが鋭いね」  やや決まりが悪そうに、セラは否定した。 「石はぼくが投げたんじゃない。先生がきた、と叫んだのはぼくだけど」 「仲間がいるのか?」 「ま、そんなところさ」  が始まったのは遠い昔すぎて、セラ自身はもう不思議ともなんとも思っていない。  セラはそれを〝お星さま〟と名付けていた。セラが強い思いをこめて願えば、姿の見えないその透明なだれかは、狙った相手に石を投げつけてくれる。言ったら気味悪がられるので、だれにも内緒だ。  スカートからのびる大人の脚線美を組み変えながら、トウコは感慨深げに溜息をついた。 「セラちゃんはね、正義の味方なの。こんなふうに困って傷ついた生徒をここに担ぎ込んだのは、二合(ふたあい)くん、きみが初めてじゃない。毎度毎度、セラちゃんの行動力と思いやりには感心させられるわ」 「やめてよ、先生。ぼくはただ、平和を乱す悪いやつに石を投げつけてるだけさ」  首をかしげて、メグルは聞き直した。 「やっぱりセラが投げたんだな、石?」 「いや、それは言葉のあやというものでね」  意見の食い違うふたりへ、助け舟をだしたのはトウコだった。 「今回の件は、あたしからきちんと学校側へ報告しとくわ。だからまずは二合(ふたあい)くん」 「はい」 「可能なかぎり例の不良グループには近づかないように。なにか嫌がらせを受けてもいちいち反応せず、黙ってその場はやり過ごして、あとで担任に相談なさい。でないと身も心ももたないわ」  悔しげに唇をかみながら、メグルはうなずいた。 「わかりました」 「それからセラちゃん」 「なんだい?」  あっけらかんと答えたセラへ、トウコは困り顔で説教した。 「繰り返すけど、お願いだからじぶんひとりで危険に飛び込まないで。あなたは非力な女の子なのよ。いじめを阻止するのは先生の仕事だわ」  不満げに、セラは唇をとがらせた。 「いままさに生徒が困ってる瞬間に、先生は来てくれないじゃないか」 「先生も万能の神様じゃないのよ。そこで頼りになるのが、あななたち生徒の目と声。毎回言ってることだけど、なにかあったらまずは先生に一報して」  腰のうしろで手を組み、セラはしかめっ面で返事した。 「は~い」  セラはメグルに申し出た。 「家まで送っていくよ、メグル」  動揺をうかべて、メグルは顔の前で手を振った。 「いやそんな、いいって。女子にエスコートされるなんて、じぶんが情けなくなる」 「安心して。裏山でもうじゅうぶん、情けない姿は見せてもらったよ。それにここで別れては、不良対策で用意した石ころが無駄になる」  頭痛でもするように眉間をおさえ、注意したのはトウコだった。 「ちゃんとあたしの話を聞いてた? セラちゃん?」 「ぼくが先生を無視するわけないじゃないか。石ころ集めはただの個人的な趣味さ」  のうのうと言い放つセラだが、制服やカバンの中に石塊を潜ませているようにはとても見えない。  座った眼差しでメグルを見据えながら、セラは結論を急いだ。 「どうしてもぼくが邪魔なら、はっきり言ってくれ」 「わ、わかったよ。ついてくるなら、好きにしろ」  不思議なささやきが、メグルの耳に忍び込んだのはそのときだった。 〈目覚めよ……〝墳丘の松明(グレイイーグル)〟〉 「え?」  背筋をのばして、メグルは目をぱちくりさせた。  聞こえたのは、セラやトウコのそれではない。保健室を見回しながら、メグルは問うた。 「先生? さきにだれか休んでたのか?」  メグルと同じ方向を眺めながら、トウコは疑問符を浮かべた。 「いえ? ここにいるのは、あたしとあなたたちだけよ?」 「なにか変な声が聞こえなかったかな?」  メグルの肩に手をおき、セラはいたましげな面持ちで告げた。 「幻聴はまずいよ。これは自宅ではなく、病院まで付き添おう」 「ひとりで行けるって。なんかの聞き間違いだ。帰ろうぜ」  ややこしくなるばかりなので、メグルはひとまず無視を決め込むことにした。だが保健室をでても、謎の声はまだつきまとってくる。 〈覚醒せよ……結果使い(エフェクター)二合恵留(ふたあいめぐる)結果呪(エフェクト)墳丘の松明(グレイイーグル)〟に〉
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!