第三話「通過」

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 今夜は保健室に、看護師の片野透子(かたのとうこ)はいなかった。  もう仕事を切り上げて帰ったのだろう。  手近なベッドに、セラはヒュプノスを寝かせた。救急ボックスを持って戻る。 「ごめんね、ちょっと服をまくるよ」  ヒュプノスの衣服をずらし、セラはぽかんとなった。  蠱惑的なその痩身に走っていたはずの深い傷は、すでに映像を逆再生するかのように塞がりつつある。顔や、その他の負傷も同じだ。 「これは……」  とまどうセラへ、ヒュプノスは答えた。 「ナノマシン〝疑似水呪(ウンディーネ)〟の治癒能力だ」 「なんだかよくわからないけど、すごい。大怪我をしてると思ったのは、ぼくの取り越し苦労だったらしいね」 「そんなことはない」  ずたずたになった着衣を、ヒュプノスはサンプルの学生服に着替えていった。無人の購買所から、セラがこっそり拝借してきたものだ。 「おまえがあの場で組織(ファイア)からかばってくれなければ、我は確実に破壊されていただろう」 「組織(ファイア)? 組織の構成員なの、あのひとたち?」 「ああ。おまえが時間をかせいでくれたおかげで、機体を自己修復することができた。未来を代表して礼をいう」 「そんな大げさな。ぼくはなにもしてないよ」 「そういった現代人の好意に触れ、なおさら我は思う。やはりこの世界へのホーリーの侵略は阻止すべきだと。人々や自然を守るべきだと。さしあたって、我はまずなにをしたらいい?」  救急箱をおいてイスに腰掛けると、セラは頭をひねった。 「とりあえず、最初は殺人犯の情報収集だね。ところでヒュプノス、きみは機械? それとも異星人?」 「想像の中間ていどと考えればいい。我らジュズは人間でなければ、人型自律兵器(アンドロイド)とも強化人間(サイボーグ)ともちがう」 「へえ~」  物珍しげに、セラはヒュプノスをながめた。こうしてありふれた制服を着せても、その容姿はなお見目麗しい。 「ジュズっていうのは、お腹はすく?」 「すく。我らの食餌サイクルは、おまえたち生物とさして変わらない。おまえたちの栄養摂取能力は、宇宙全体を見渡してももっとも効率的なシステムのひとつだ」 「いまはすいてる? お腹?」  じぶんの薄い腹部を、ヒュプノスはさすった。 「そういえば、すいているかもしれん。現代に来てからほとんどなにも口にしていないな」 「ふだんはなに食べてるの?」  なぜかヒュプノスは顔をしかめた。 「とても言えない。食べるというよりは、仲間と同じようにむりやり摂取させられていた」 「とんでもないね。ガチョウやアヒルのフォアグラじゃあるまいし。好き嫌いはある?」 「しいていえば、野菜が好みだ」 「ちょうどいい。お食事にご招待するよ。ちょっと待ってね」  引き抜いた携帯電話から、セラはどこかへ連絡をとった。  電話の着信音は、保健室のすぐ前で鳴ったではないか。  ヒュプノスが動くのは突然だった。 「ナノマシン弾倉変更(カートリッジリバイス)! プロトコル(A)〝疑似地呪(ノーム)〟!」  ヒュプノスの言葉と同時に、いきなり床へ亀裂が走った。たちまち盛り上がった地面は、瞬間的に土の壁を形成している。その呪力の盾が防いだのは、鋭い刃の軌跡だ。 「なに!?」  騒々しく席を立つや、セラは見た。  積み木のように切り裂かれた扉のむこう、鳴動する電話を片手にたたずむ長身の人影を。  木っ端微塵になって舞い散る破片を縫い、セラは慄然と襲撃者の正体を呼んだ。 「そんな、どうしてあなたが……どうして!? 先生!?」  倉糸壮馬(くらいとそうま)……
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