第四話「祈願」

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 トウコの方針は決まった。  井踊静良(いおどせら)を食べる。  我慢に我慢を重ねた収穫の時期は、いよいよきた。栄養豊富な獲物を胃袋におさめ、食欲と呪力の双方を満足させるのだ。  狩りはもちろん、ひとけのない場所でスピーディーかつ無音にておこなう。  暗い夜の帰り道……  およそ百メートルの距離をおいて、トウコはセラのあとをつけた。  歩こうが走ろうが、どう角を曲がろうが建物に入ろうが関係ない。いったん追跡を開始したにおいをトウコが逃がすことはまずないし、逆に獲物がこちらの存在に気づくには互いが離れすぎている。いまのトウコなら、その気になれば一キロ向こうにいても標的の位置をとらえることができた。  おおかたの予想どおり、セラが向かった先は美須賀(みすか)川の橋下だ。用心深く人目を気にしながら、彼女は河川の橋脚部にあるエアポケットじみた空間に入り込んでいる。  足を止めたセラは、物陰から盗み見るトウコの視線を知らない。  とめどなく流れる川の水音に、かすかに混じったのはライターの発火石がこすれる響きだ。女生徒の人影の口もとを、炎の輝きが一瞬だけ照り返す。  紫煙の噴出とともに、セラは猛烈にむせ返った。 「げほげほ!」  様子からすると、喫煙歴そのものがまだ浅いらしい。 (背伸びしてるな、ガキが)  脳内だけで嘲笑し、トウコはわざと足音を鳴らしてみせた。  まばらな照明のもとへ現れた看護師の姿に、セラも眉を開いている。 「か、片野(かたの)先生?」 「こんばんわ、セラちゃん」 「ど、どうしてここに?」 「たまたま偶然よ。運がいいのか悪いのか」  突然のことに、セラには非行を隠す暇もない。  硬直したセラの手を指差し、トウコは嘆息した。 「セラちゃん、それ」 「これは、その……」  慣れない持ち方で燃えるタバコを、トウコは厳しく見とがめて続けた。 「いけないでしょ、未成年プラス女子なのに。タバコが将来にまでおよぼす毒性については、保健体育の時間でじゅうぶん説明してるわよね?」 「……バレちゃったか」  ばつが悪そうに舌をだすセラへ、トウコはたずねた。 「なんであなたみたいな優等生が、喫煙を?」 「さいきんイライラして落ち込むことが多くってね。ぼくもぼくで大変なんだ。大切なひとを立て続けに失い、べつの想う相手には本音をうまく切り出せない。さらには勉強に家事、その他……ちょっとは息抜きしないと、頭がパンクしちゃうよ」 「同じように青春時代を体験したあたしにも、あなたの気持ちはよくわかるわ。わかるけど、なにもタバコになんか逃げなくたっていいんじゃない? ほかにストレス発散の方法がないか、なぜもっとあたしに相談してくれないの?」 「ごめんなさい……」  ややきつめな口調でさとされ、セラもしょげ返ったもようだ。ごていねいに用意したポケット灰皿でタバコをもみ消しながら、弱った声でトウコへ告げる。 「もう吸うのはやめるよ」 「よろしい」 「お願いなんだけど、ぼくには今後、受験も就職もひかえてる。ここで停学や退学になったりなんかしたらお先真っ暗だ。親と学校にはナイショにしてくれるよね、先生?」 「ふむ」  セラの懇願に、トウコは腕を組んで悩んでみせた。 「ま、セラちゃんとあたしの仲だし。もう金輪際吸わないという約束ができるなら、これはここだけの秘密にする。ただし次に吸ってるのを見たら、今度はためらいなく致命的な方面にバラすわよ? できるわね、約束?」 「もちろんさ」 (おまえはここで、あたしに食べられて消え去るんだがな。夢も希望も約束も、ほかに目撃者もない。おまえはこれから、つかの間の咀嚼の激痛とともに死ぬ) 「じゃあひとまず、不良の痕跡は没収するわ」 「は~い」  トウコのさしだした手のひらへ喫煙具の数々を渡し、セラはおとなしく応じた。ついでに、申し訳なさげな笑みを浮かべて詫びる。 「ありがとう、片野先生。それから、ごめんね……〝輝く追跡者(ヴェディオヴィス)〟」 「!」  ついやってしまった。  トウコの頭めがけて飛来した呪力の隕石は、地面から跳ねた幻影のサメに食い止められて届かない。セラの結果呪(エフェクト)を、トウコの素早い〝魔性の海月(ヴーゾンファ)〟がなかば自動的に発現して防いだのだ。  タバコがバレたときより、セラはよほど驚愕した。 「そんな、まさか、片野(かたの)先生が〝食べ残し〟だったなんて……」  表情を殺意にゆがめ、トウコは舌打ちした。 「ふん、ここまでか……」  隕石を横に吐き捨てると、人食いザメは水柱をあげてふたたび地面に没した。
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