第一話「点滅」

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 翌日、一限目の終わり……  休憩時間のチャイムが響く中、メグルはセラの席に近寄った。 「よ」 「やあ。あれ?」  お互い手をあげたあと、セラは小首をかしげた。 「メグル、きのうよりケガが増えてないかい?」  どこ吹く風の表情で、メグルは鼻の絆創膏をさすった。 「じぶんでミスったぶんだ、これは」  気の毒そうに眉をひそめ、セラはたずねた。 「病院には?」 「けさ早くに行った。片野(かたの)先生の診てくれたとおり、どれも大したケガじゃなかったよ」 「そうか、よかった……」  きのうと打って変わったメグルの様子に、セラはすぐに気づいた。 「なにか、ずいぶん雰囲気が晴れやかになってるじゃないか?」 「ああ、じつはな……」  おもむろにメグルは切り出した。 「セラ、放課後は予定はあるか?」  目をぱちくりさせ、セラは答えた。 「とくにないよ。掃除と洗濯は済ませてきたし、あとは夕食を作るくらいだ」 「ゆ、夕食?」  メグルの顔は硬直した。  ほんらい母親に求めるべきスキルを、同級生の彼女はすでに習得している。あるいは大したことのないそれを、遠い異世界の出来事のようにメグルが感じたのも無理はない。  ぼうぜんとメグルは再確認した。 「きのうの裁縫といい、家事ができるのか、セラは?」 「ひととおりはね。得意料理は中華とイタリアン」  感動に、メグルの瞳はかがやいた。 「す、すげえ。お母さんから習ったの?」 「いや、独学だ。残念だけど母さんは、ぼくが小さなころに死んじゃってね。ぼくを育てたのは、父さんの男手ひとつってやつさ」  内心、メグルは納得した。だからセラは、こんなにもボーイッシュなのだ。  そしてセラは、メグルとおなじく片親育ちらしい。  メグルの胸の片隅に芽生えたこの感情はなんだろう。同族ならではの友情?  いや、それだけではない。見るものが見れば気づいはずだ。それはメグル自身も知らぬうちに唐突に生じた淡い〝恋心〟だった。  うつむいたメグルの顔は、かすかに紅潮している。 「その、ごめん」 「ん? なにがだい?」 「お母さんのこと。亡くなってるとは知らなくて」  穏やかにセラはほほえんだ。 「ぜんぜんかまわないよ。思い出すたびに母さんには、ぼくを産んでくれたことにとても感謝してる。もちろん、ここまで育ててくれた父さんにはもっともっと感謝してるよ」  ふとメグルの顔によぎったのは、どこか悲しげな感情だった。 「似てるようで、俺とは境遇がほんと真反対だ。それでなんだが……」  もじもじとメグルは問うた。 「放課後、ちょっと付き合ってくれないか?」  座席から、セラはメグルを上目遣いにした。 「ナンパかい?」  一瞬沈黙したあと、メグルは耳を真っ赤にして慌てた。 「ちがう!」 「なァんだ」  いたずらっぽく、セラは目を細めた。 「ちょっとワクワクしちゃったよ」 「がっかりはさせない。見てもらいたいものがあるんだ。きっとびっくりする」 「へんなものじゃないよね?」 「純真な俺にむかってなにを言う」  メグルは若干、いきどおってみせた。 「これはあれだ。手品っていうのか? 魔法っていうのか? とにかくすごいんだ」 「おもしろそうだね。いいよ、付き合おう。どこで?」  自信ありげに、メグルは告げた。 「河川敷の橋の下だ」
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