第一話「点滅」

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 裏山の森……  必死に逃げるシンゴを追うのは、現実離れした銃声の轟きだ。  体のどこかをかすめた弾丸の衝撃に、シンゴは思いきりつまづいた。泥まみれになりながら跳ね起き、山道をまた息を切らして走る。  銃撃はやんだ。 「な、なんなんだよ、あれは……?」  樹木の陰に隠れたまま、シンゴは慎重に顔だけをのぞかせた。  風が葉擦れを鳴らす以外、あたりに人の気配はない。 「……た、助かった」  安堵に、シンゴは胸をなでおろした。  振り返ったその眉間に突きつけられたのは、真っ黒な銃口だ。計五門にもわたる火縄銃で、鉄砲隊の亡霊はシンゴを狙っている。  木立ちの裏から、メグルは音もなく現れた。血の気を失って震えるシンゴへ挨拶する。 「お望み通り来てやったぜ、裏山に?」 「お、俺が悪かった!」  シンゴはその場に這いつくばった。汚物でも眺める視線でそれを見下しながら、たずねたのはメグルだ。 「俺に謝ってるのか?」 「そ、そうだ! そうです!」  地べたに頭をこすりつけ、シンゴは叫んだ。 「ほんとにすいませんでした! もう二度としませんッ!」 「まあ、当然だな」  銃口を押しつける力を強めて、メグルはたずねた。 「セラには?」 「は、はい?」  反応の遅れたシンゴの前で、メグルは見せつけるように空へ発砲した。器用に土下座のまま飛び上がったシンゴの背中へ、落ちて跳ねたのは射抜かれた木々のかけらだ。銃声にも負けない大音声で、メグルは怒鳴った。 「セラにも謝れって言ってんだ!」 「ちゃんと謝ります! 切った制服も弁償します! だからどうか、命だけは……!」  腕組みして考えながら、メグルは独りごちた。 「ぜんぜん怒りが静まらないな。あ、そうだ」  思いついたように、メグルは指を鳴らした。 「脱げ、おまえ」 「え……?」 「パンツまでぜんぶ脱げ、って言ってんだよ。素っ裸のまま教室に戻れ。とりあえずそれで、この場は見逃してやる」  笑みに愉快げな色を混じらせ、メグルはしゃがみ込んだ。絶望に硬直したシンゴの瞳を覗きながら、その頬を軽く叩いて催促する。 「ほれ、さっさとしろ。生き恥をさらすのと、ここで撃ち殺されるのとどっちがいい?」 「う、ううう……」 「これから俺は、やられたことを全部一からたどって、おまえらに仕返しする。ああ、ヒュプノスはなんて素晴らしい力を与えてくれたんだ……快感だぜ」 「〝輝く追跡者(ヴェディオヴィス)〟」  鼻先すれすれを通過した石を、メグルはのけぞって回避した。  振り向いた先にたたずんでいたのは、セラだ。  暗い面持ちで、セラは訴えた。 「やめなよ、メグル」 「なんで邪魔する?」  こめかみに血管を浮かべ、メグルはうなった。 「おまえだってやられたんだぞ、セラ?」  切られたスカートの裾をつまんで、セラは首を振った。 「こんなのどうってことはない。縫えばすむ。それよりぼくは、きみのことが気がかりだ」 「なに?」 「手に入れた強い力を振りかざして、弱者をしいたげる……」  セラは言い放った。 「きみのやっていることは、不良グループと同じだよ?」 「いっしょにすんな!」  メグルの怒号に、銃声は重なった。放たれた火線は、セラの髪をかすめて虚空へ消える。  ひるむことなく一歩前進し、セラは落ち着いた口調で続けた。 「やられた側なら、その辛い気持ちもわかるだろう?」 「うるせえ! 来んな!」  ふたたび轟音はこだました。二発、三発。銃弾に食いちぎられた制服の破片が、セラの周囲を舞う。歩みを止めず、セラは手をあげた。 「もう終わりにしよう、復讐は。このまま他人への攻撃を続ければ、ぼくはもう、きみの味方ではいられない」 「大きなお世話だ! 俺には強い味方が、こんなにもいる!」  物音に、メグルは血に飢えた猛獣のように振り返った。  見れば性懲りもなく、またシンゴが逃げだしている。  こけつまろびつ遠ざかるその背中を指差し、メグルは冷たく鉄砲隊へ命じた。 「撃ち殺せ、〝墳丘の松明(グレイイーグル)〟」  セラはささやいた。 「〝輝く追跡者(ヴェディオヴィス)〟……」 「え?」  その異常に、メグルはじきに気づいた。  山の頂上から、石ころが転がってきたのだ。それもひとつやふたつではない。石の流れはしだいに太くなり、たちまち膨大な量にかさを増してメグルの足首を埋め尽くす。  高まる不気味な地鳴りに、メグルは狼狽した。 「なんだこれは!?」  学校の裏山は豪雨・地震等にそなえてきちんと整備されているはずだ。それがなぜ、何者かが合図したようにいきなり崩れ始める?  それはまさしく災害と化して、山頂からメグルへ迫った。 「セラ、まさかおまえも結果使い(エフェクター)……」  顔をそむけて、セラはつぶやいた。 「残念だよ、メグル」  でたらめに火縄銃を撃つ鉄砲隊ごと、メグルは土石流に飲み込まれた。
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