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裏山の森……
必死に逃げるシンゴを追うのは、現実離れした銃声の轟きだ。
体のどこかをかすめた弾丸の衝撃に、シンゴは思いきりつまづいた。泥まみれになりながら跳ね起き、山道をまた息を切らして走る。
銃撃はやんだ。
「な、なんなんだよ、あれは……?」
樹木の陰に隠れたまま、シンゴは慎重に顔だけをのぞかせた。
風が葉擦れを鳴らす以外、あたりに人の気配はない。
「……た、助かった」
安堵に、シンゴは胸をなでおろした。
振り返ったその眉間に突きつけられたのは、真っ黒な銃口だ。計五門にもわたる火縄銃で、鉄砲隊の亡霊はシンゴを狙っている。
木立ちの裏から、メグルは音もなく現れた。血の気を失って震えるシンゴへ挨拶する。
「お望み通り来てやったぜ、裏山に?」
「お、俺が悪かった!」
シンゴはその場に這いつくばった。汚物でも眺める視線でそれを見下しながら、たずねたのはメグルだ。
「俺に謝ってるのか?」
「そ、そうだ! そうです!」
地べたに頭をこすりつけ、シンゴは叫んだ。
「ほんとにすいませんでした! もう二度としませんッ!」
「まあ、当然だな」
銃口を押しつける力を強めて、メグルはたずねた。
「セラには?」
「は、はい?」
反応の遅れたシンゴの前で、メグルは見せつけるように空へ発砲した。器用に土下座のまま飛び上がったシンゴの背中へ、落ちて跳ねたのは射抜かれた木々のかけらだ。銃声にも負けない大音声で、メグルは怒鳴った。
「セラにも謝れって言ってんだ!」
「ちゃんと謝ります! 切った制服も弁償します! だからどうか、命だけは……!」
腕組みして考えながら、メグルは独りごちた。
「ぜんぜん怒りが静まらないな。あ、そうだ」
思いついたように、メグルは指を鳴らした。
「脱げ、おまえ」
「え……?」
「パンツまでぜんぶ脱げ、って言ってんだよ。素っ裸のまま教室に戻れ。とりあえずそれで、この場は見逃してやる」
笑みに愉快げな色を混じらせ、メグルはしゃがみ込んだ。絶望に硬直したシンゴの瞳を覗きながら、その頬を軽く叩いて催促する。
「ほれ、さっさとしろ。生き恥をさらすのと、ここで撃ち殺されるのとどっちがいい?」
「う、ううう……」
「これから俺は、やられたことを全部一からたどって、おまえらに仕返しする。ああ、ヒュプノスはなんて素晴らしい力を与えてくれたんだ……快感だぜ」
「〝輝く追跡者〟」
鼻先すれすれを通過した石を、メグルはのけぞって回避した。
振り向いた先にたたずんでいたのは、セラだ。
暗い面持ちで、セラは訴えた。
「やめなよ、メグル」
「なんで邪魔する?」
こめかみに血管を浮かべ、メグルはうなった。
「おまえだってやられたんだぞ、セラ?」
切られたスカートの裾をつまんで、セラは首を振った。
「こんなのどうってことはない。縫えばすむ。それよりぼくは、きみのことが気がかりだ」
「なに?」
「手に入れた強い力を振りかざして、弱者をしいたげる……」
セラは言い放った。
「きみのやっていることは、不良グループと同じだよ?」
「いっしょにすんな!」
メグルの怒号に、銃声は重なった。放たれた火線は、セラの髪をかすめて虚空へ消える。
ひるむことなく一歩前進し、セラは落ち着いた口調で続けた。
「やられた側なら、その辛い気持ちもわかるだろう?」
「うるせえ! 来んな!」
ふたたび轟音はこだました。二発、三発。銃弾に食いちぎられた制服の破片が、セラの周囲を舞う。歩みを止めず、セラは手をあげた。
「もう終わりにしよう、復讐は。このまま他人への攻撃を続ければ、ぼくはもう、きみの味方ではいられない」
「大きなお世話だ! 俺には強い味方が、こんなにもいる!」
物音に、メグルは血に飢えた猛獣のように振り返った。
見れば性懲りもなく、またシンゴが逃げだしている。
こけつまろびつ遠ざかるその背中を指差し、メグルは冷たく鉄砲隊へ命じた。
「撃ち殺せ、〝墳丘の松明〟」
セラはささやいた。
「〝輝く追跡者〟……」
「え?」
その異常に、メグルはじきに気づいた。
山の頂上から、石ころが転がってきたのだ。それもひとつやふたつではない。石の流れはしだいに太くなり、たちまち膨大な量にかさを増してメグルの足首を埋め尽くす。
高まる不気味な地鳴りに、メグルは狼狽した。
「なんだこれは!?」
学校の裏山は豪雨・地震等にそなえてきちんと整備されているはずだ。それがなぜ、何者かが合図したようにいきなり崩れ始める?
それはまさしく災害と化して、山頂からメグルへ迫った。
「セラ、まさかおまえも結果使い……」
顔をそむけて、セラはつぶやいた。
「残念だよ、メグル」
でたらめに火縄銃を撃つ鉄砲隊ごと、メグルは土石流に飲み込まれた。
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