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上糸総合病院……
病室のベッドで、メグルは静かに目をさました。
すぐ横からは、しゃりしゃりとなにかを切る音が響いている。
見れば、そばのイスにセラが座っているではないか。その手もとで綺麗に皮を剥かれるのは、つややかなリンゴだ。
寝間着姿のまま、メグルはうめいた。
「セラ……」
果物ナイフを止め、セラは視線をあげた。
「おはよう、メグル。そろそろ起きるころだと思ったよ」
身を起こしかけ、メグルは顔をゆがめた。サンドバッグにされたように体中が痛い。
ずれた布団をメグルへかけ直しながら、セラは説明した。
「まだ動いちゃだめだ。全治一週間の打撲なんだから」
「なんで生きてるんだ、俺?」
釈然としない表情のメグルへ、セラは苦笑した。
「殺すつもりなんて、あるわけないじゃないか」
「あいつらは……シンゴたちはどうなった?」
均等にリンゴを切り分けつつ、セラは答えた。
「あの騒ぎのあと全員、ここまでの悪さを白状して停学処分になったよ。あんな目に遭ったんだ。復帰しても、もう二度とおかしなマネはしないだろう」
固唾を呑んで、メグルは聞いた。
「俺は?」
「きみなら大丈夫。あの火縄銃の幽霊の件も、不良たちのいたずらということで決着しかけている。真相を探ろうとしたところで、そもそも結果呪の原理を説明できる者なんていない。きみもそれに巻き込まれた被害者のひとり、ということになっているよ。ま、結果オーライだね」
「そうか……」
まくらに横顔をうずめたまま、メグルはつぶやいた。
「セラ、おまえも結果使いだったんだな」
「らしいね」
「やっぱりおまえも、あの保健室で声を聞いてからそうなったのか? ヒュプノスの?」
「たしかに声は聞こえてたけど、ちがう。あの不思議な石の力は、ぼく自身覚えていないほど幼いころからある」
唇に人差し指をあて、セラは念を押した。
「おたがい内緒だよ、ぼくたちの能力のことは?」
「わかった」
かたわらのテレビからは、小音量でニュースが流れている。
取り上げられるのは、さいきん赤務市で頻発している奇妙な連続殺人事件だ。通称〝食べ残し事件〟と呼ばれるそれは同一犯のものとされており、被害者と思われる遺体は損壊が激しすぎて、身元の特定にも大変な時間がかかっているらしい。
険しい視線で報道を横目にしながら、セラは付け加えた。
「あと、約束して。無関係な一般人には、絶対にその力は使わないと」
「約束する」
申し訳なさげに、メグルは瞳を伏せた。
「ごめんな、セラ。山であんなことをして。どうしても許せなかったんだ、あいつらが」
「気持ちはわかるさ」
「こんな情けない俺のために、セラ、なんでお見舞いになんて来てくれる?」
「言ったじゃないか。きみが困ったら助ける、って」
「…………」
我知らず瞳にこみ上げてきたものに、メグルは咽び始めた。上掛け越しにその背中をさすりながら、困った面持ちになったのはセラだ。
「おいおい。これじゃまるで、ぼくが泣かしたみたいじゃないか」
「ごめん。生まれてこの方、女の子に優しくしてもらった経験がなくて……」
そでで目尻をふいたあと、メグルは思いきって告げた。
「セラ。俺、おまえのことが好きだ」
「おっと、そうきたか」
複雑な顔色であごを揉むセラを、メグルは追撃した。
「嫌いなら嫌いって、きっぱり断ってくれ」
「嫌いじゃないよ。ただ……」
にっこり笑って、セラはちいさく舌をだした。
「恋人にするのは歳上って決めてるんだ、ぼく。じつはファザコンなの♪」
つまようじに刺したリンゴを差し出しながら、セラはうながした。
「はい、あ~んして?」
「あ……あ~ん」
ぼうぜんと、メグルはリンゴをほおばった。
口の中いっぱいに広がったのは、青春の味……
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