第一話「点滅」

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 上糸(うえいと)総合病院……  病室のベッドで、メグルは静かに目をさました。  すぐ横からは、しゃりしゃりとなにかを切る音が響いている。  見れば、そばのイスにセラが座っているではないか。その手もとで綺麗に皮を剥かれるのは、つややかなリンゴだ。  寝間着姿のまま、メグルはうめいた。 「セラ……」  果物ナイフを止め、セラは視線をあげた。 「おはよう、メグル。そろそろ起きるころだと思ったよ」  身を起こしかけ、メグルは顔をゆがめた。サンドバッグにされたように体中が痛い。  ずれた布団をメグルへかけ直しながら、セラは説明した。 「まだ動いちゃだめだ。全治一週間の打撲なんだから」 「なんで生きてるんだ、俺?」  釈然としない表情のメグルへ、セラは苦笑した。 「殺すつもりなんて、あるわけないじゃないか」 「あいつらは……シンゴたちはどうなった?」  均等にリンゴを切り分けつつ、セラは答えた。 「あの騒ぎのあと全員、ここまでの悪さを白状して停学処分になったよ。あんな目に遭ったんだ。復帰しても、もう二度とおかしなマネはしないだろう」  固唾を呑んで、メグルは聞いた。 「俺は?」 「きみなら大丈夫。あの火縄銃の幽霊の件も、不良たちのいたずらということで決着しかけている。真相を探ろうとしたところで、そもそも結果呪(エフェクト)の原理を説明できる者なんていない。きみもそれに巻き込まれた被害者のひとり、ということになっているよ。ま、結果オーライだね」 「そうか……」  まくらに横顔をうずめたまま、メグルはつぶやいた。 「セラ、おまえも結果使い(エフェクター)だったんだな」 「らしいね」 「やっぱりおまえも、あの保健室で声を聞いてからそうなったのか? ヒュプノスの?」 「たしかに声は聞こえてたけど、ちがう。あの不思議な石の力は、ぼく自身覚えていないほど幼いころからある」  唇に人差し指をあて、セラは念を押した。 「おたがい内緒だよ、ぼくたちの能力のことは?」 「わかった」  かたわらのテレビからは、小音量でニュースが流れている。  取り上げられるのは、さいきん赤務(あかむ)市で頻発している奇妙な連続殺人事件だ。通称〝食べ残し事件〟と呼ばれるそれは同一犯のものとされており、被害者と思われる遺体は損壊が激しすぎて、身元の特定にも大変な時間がかかっているらしい。  険しい視線で報道を横目にしながら、セラは付け加えた。 「あと、約束して。無関係な一般人には、絶対にその力は使わないと」 「約束する」  申し訳なさげに、メグルは瞳を伏せた。 「ごめんな、セラ。山であんなことをして。どうしても許せなかったんだ、あいつらが」 「気持ちはわかるさ」 「こんな情けない俺のために、セラ、なんでお見舞いになんて来てくれる?」 「言ったじゃないか。きみが困ったら助ける、って」 「…………」  我知らず瞳にこみ上げてきたものに、メグルは咽び始めた。上掛け越しにその背中をさすりながら、困った面持ちになったのはセラだ。 「おいおい。これじゃまるで、ぼくが泣かしたみたいじゃないか」 「ごめん。生まれてこの方、女の子に優しくしてもらった経験がなくて……」  そでで目尻をふいたあと、メグルは思いきって告げた。 「セラ。俺、おまえのことが好きだ」 「おっと、そうきたか」  複雑な顔色であごを揉むセラを、メグルは追撃した。 「嫌いなら嫌いって、きっぱり断ってくれ」 「嫌いじゃないよ。ただ……」  にっこり笑って、セラはちいさく舌をだした。 「恋人にするのは歳上って決めてるんだ、ぼく。じつはファザコンなの♪」  つまようじに刺したリンゴを差し出しながら、セラはうながした。 「はい、あ~んして?」 「あ……あ~ん」  ぼうぜんと、メグルはリンゴをほおばった。  口の中いっぱいに広がったのは、青春の味……
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