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曇り始めた鉛色の空では、ほのかに稲妻が明滅していた。
夕暮れをむかえた美須賀大学付属高校……
あの裏山も、すでに薄暗い。
山道にたたずむ二人の男がまとう雰囲気は、どこか普通とはちがう。それはいわば、幾千もの修羅場をくぐり抜けてきた猟犬のオーラだ。
ふたりのうち、同校の制服を着た男子生徒……褪奈英人は、えぐれた地面にしゃがみ込んで手を触れている。となりに立つもうひとりの男に、ヒデトは不審げにたずねた。
「ここが戦闘の現場だって?」
「そうだ」
霜の張った刃を思わせる声で、男は答えた。こちらはヒデトよりは歳上で、その長身を一部の隙なくスーツで包んでいる。あたりの折れた木枝や傷ついた樹皮を注意深く調べながら、男は続けた。
「ここで奇妙な土砂崩れがあった。巻き込まれたのは生徒のひとり、二合恵留。体を強く打った彼は、いまも上糸総合病院で治療を受けている」
「土砂崩れ、ね?」
山肌を上から下まで眺め回し、ヒデトは肩をすくめた。
「おかしいな。肝心の土砂ってやつが、影も形もないぜ?」
「亡霊じみた鉄砲隊の目撃証言に、傷跡だけを残して消え去った土石流……いずれも一時的にその場に再現された〝結果呪〟と見るのが妥当だな」
切れ長の瞳をなお鋭くし、男は言い放った。
「まちがいなく、これは結果使いのしわざだ」
男とおそろいの銀色の腕時計を輝かせ、ヒデトは問うた。
「俺たち組織の追ってる殺人鬼か?」
「いや、すこし属性は異なるらしい」
糸をひいた雨のしずくを、男は片手で受け止めた。かすかに遠雷を轟かせる曇天を見上げながら、ヒデトをコードネームで呼ぶ。
「〝黒の手〟……今回の捜査は、私に一任してくれるか?」
「了解だ。結果使いのあんた向けの仕事だな。ミコにも言っとく」
うなずいて、ヒデトも男のコードネームを口にした。
「頼んだぜ、〝竜巻の断層〟」
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