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骨の花4
「せっかくだ、お義父さんたちに挨拶していくよ。随分無沙汰をしてしまったからね」
妻の実家の墓所はこの近くだ。数年前に来たきりで些か記憶が怪しいが、寺の住職に聞けば詳しい場所がわかるはず。
ふっと口元に微笑が浮かぶ。
実家の墓に入りたいというならともかく、実家の庭に埋まりたいとは、やはり少々変わっていると言わざるえない。
ともあれ、妻の願いは叶えた。私にできる最後の孝行だ。満足してもらえるといいのだが……。
「おかえり」
「え?」
鈴振るような幼子の声に顔を上げる。
蕾が綻び始めた桜の枝に、5・6歳ほどの赤い吊りスカートの少女が腰かけていた。
気付かなかった。近所の子か。忽然と現れた少女に狼狽する。
「危ないよ、おりてきなさい。お母さんは?」
少女は足を揺する。もとより体重がないかのように、枝は撓みもしない。
「いないよ。みんないない。私が最後の一人。でもみぃんな私だからさみしくない」
最後の……不吉な言葉にほんのりと哀愁が垣間見える。
今どき珍しく、艶やかな黒髪を肩で切り揃えた少女は、利発そうな円らな目を光らせ、いたずらっぽく手招きする。
「特別だよ」
人懐こいというか、まるで物怖じしない子だ。こちらの方が困惑する。
少女が器用に木から滑りおり、私を先導してぐるりと木を回り込む。
少女の背中を追って反対側へ行くと、節くれた幹の表面に相合傘が彫られ、片方に妻の名前があった。
もう片方には「ヨシノ」と彫られている。
「ソメイヨシノ」
桜の品種と同じ。
「君は……」
座敷童?桜の精?
喉元で閊えた無粋な疑問は無邪気な微笑みの前に霧散する。
少女が握りこぶしにした手をゆっくりと開き、そこにあるものを見て目を見張る。
今さっき私が埋めたはずの妻の骨のかけら。
てのひらの骨を愛おしげに見詰めてから、人さし指と親指で摘まみ、大きく開けた口の中に放り込む。
「よせ」
叫んだ時には既に遅し、ハッカ味のドロップのように妻の骨を含む。
カリ、コリ。口の中で儚く砕ける音が響き、続いて小さく喉を動かして飲み下す。
まさかと思い、少女をほったらかして桜の根元に駆け寄り、素手で掻いて柔い土を掘り返す。だがしかし、今しがた埋めたはずの骨は跡形もなくなっていた。
「来年は骨の花が咲くよ。真っ白い花が」
亡き妻の骨を食べ、妻と同化した少女が微笑む。
「会いに来てね」
昔何かで読んだ。
現存するソメイヨシノは全て同一クローンであり、日本各地に分布する樹は、すべて人が接ぎ木や挿し木で増やしたものらしい。
妻もまた、挿し木で芽吹くことを望んだのだろうか。
来年まで命が続くなら再び妻に会いに来ようと誓った。
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