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骨の花2
こぢんまりした無人駅の改札を後にし、地肌が剥き出しの畦道を歩く。
民家は少ない。荒れ果てた畑と田んぼだけが茫漠と広がっている。人はほぼ見かけない。過疎化著しい限界集落の趣だ。
雨を吸って柔く湿った道からは濃厚な土の匂いがする。郷愁を呼び起こす懐かしい匂い。
「ずいぶん寂しくなったね。お養父さんお養母さんの葬式に来たときはもっと人がいたけれど」
それだけ時間が経ってしまった、ということか。
苦笑した口元に達観が滲む。
腕の遺骨を守りながら、知り合いたての頃に交わした他愛ない会話を反芻する。
「昔話してくれたろ、座敷童のこと。子供の頃に見たって……私もここで生まれ育ったら見えたのかな。心が清くなければだめかな。岩手には座敷童がでる旅館もあるらしい、元気な時に泊まりにきたかったね」
妻はこの世の不思議を信じていた。
虫の知らせや夢枕もありえないことではないと言っていた。私も同感だ。
頑迷に否定するより信じたいものを信じる、私たちは似た者夫婦だった。
さく、さく。土を踏む感触が小気味いい。春の雨はまどろむように温かく、スーツの肩を煙らせる。
恍惚の人になった妻は、夢と現のあわいのうわごとで、誰かの名前を呼んでいた。
「ヨシノ……幼馴染か……」
男の名前だったら初恋の人ではないかと疑ったところだが……自分のさもしさが少し悲しい。
私が会ったこともない、話したこともないヨシノとの日々を、寝たきりの妻はそれは楽しそうに回想していた。
木登り教えてヨシノちゃん。
先に行かないで。
お菓子食べるヨシノちゃん。
妻とヨシノは良い友達だったに違いない。
彼女は今どうしてるのだろうと気にかかる。
廃れた村の現状を見ると都会に出ていったのか。妻との交流は続いていたのか。
結婚式の招待客名簿では見かけなかったが、なにせ古い記憶なので確信が持てない。数十年連れ添った仲にも秘密がある。
「住所がわかれば葬式に呼べたのに。すまない」
もっとも、ヨシノの方が先に他界している可能性もあるが。
腕に抱いた妻に詫びても返事はない。
しとしと、篠突く雨。煙る視界。
かなうことならヨシノに会い、彼女だけが知っている妻の子供時代の話を聞きたかった。
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