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骨の花3
やがて屋根が傾き、苔むした古民家に到着する。庭を囲む石垣は半ば崩れ落ちていた。
「ごめんください」
妻の両親が死んだのは三十年前。先に養母が死に、後を追うように養父が逝った。
女房が死ぬと男は長くもたない迷信を思い出す。対して、早くに旦那が死んだ女房は長生きするらしい。子供を産み育てなければいけないぶん、女の方が逞しくできているのか。
妻の家はすっかり寂れ、無人の廃墟と化していた。
妻の弟……長男は跡を継ぐのを嫌い都会に出ていき、以来帰ってこないと聞いた。
あばら屋の庭には一本の桜の木。蕾は綻び始めている。
「ごらん。桜だ」
すべらかな袱紗に包まれた遺骨を掲げて桜を見せる。
妻の実家に結婚の挨拶に訪れた時、この下で交わした会話を思い出す。
『私が先に死んだらお願いしたいことがあるの』
桜の花びらをてのひらでうけ、儚げに微笑んだ妻の顔が薄れていく。
晩年の妻は認知症だった。過去の約束も私との思い出もどんどん忘れていった。
それがもどかしくやりきれず、恥ずかしながら声を荒げてしまったこともある。
「今だしてあげるからね」
地面に跪き、袱紗を開封していい匂いのする白木の箱をとりだす。
さらに蓋を開けると、陶器の骨壷が安置されていた。
庭先に放置されていたスコップで桜の根元の地面を掘り返し、白い骨をひとかけらてのひらに移し、丁寧に埋め直す。
歳月をこえた追憶が脳裏を駆け巡り、まどやかな薄桃の木漏れ日がさす。
『あなたと同じお墓に入りたいけれど、もしよければ骨のひとかけらだけ、岩手のうちに帰してほしいの』
『骨は桜の木の下に埋めてほしい』
「約束は守ったよ」
若き日の妻は坂口安吾の小説を愛する、ロマンチックな女性だった。私は本を読む彼女の横顔に惹かれたのだ。
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