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骨の花1
催花雨に追い立てられるように北上する。
コートの肩を濡らす雨は温かい霧にも似て、鄙びた無人駅のホームベンチに座り、純白の袱紗に包んだ妻の遺骨を抱きかかえる。
葬式の日は雨が降っていた。
「涙雨っていうんだよ」と黒傘をさして孫に教えたところ、「おばあちゃんが死んじゃってお空も哀しいんだね」としんみりしていた。
岩手には妻の実家がある。
入院中の妻は実家の庭に咲く桜を大層見たがっていた。
妻に先立たれた時、私は泣けなかった。
数年間続いた介護生活が、老身から哀しむ気力も奪っていったせいだろうか。
この年になると伴侶の死は自然の流れと受け止められて、哀しみは深く潜り、枯れた涙腺が緩むこともない。
優しい雨に打たれて花開く桜を見たら、私は泣けるだろうか。
私の涙を足した催花雨が降れば、この腕に抱いた遺骨も少しは軽くなるだろうか。
優しい妻を育んだ岩手の田舎に降る雨は、彼女の死を嘆く涙雨にあらず、新しい命を芽吹かせる雨であってほしい。
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