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カラのまま。
『もう君はいらない。
遠くに投げてしまおうと。
振りかぶった反動で僕らは倒れこんだ。
視界の半分も地面に支配されたまま。
隣で転がる君は笑顔でこちらに唾を吐く。
泣いて見せて僕を呼んだくせにその涙で今度は僕を悪者にした。
君の小さな頬。
君の細い肩。
触れた僕に擦り寄って見せてさ。
僕の心の小さな穴を無理矢理広げて無理矢理収まった。
泣いて見せて僕を呼んだくせにその涙で今度は僕を悪者にした。
君を抱きしめたいその一心で全て投げてしまったから。
今僕の腕はカラのままなんだよ。』
上記は音楽活動していた頃の曲の歌詞です。
一時、とある女の子が可愛くて可愛くて仕方がなくなった事があった。
彼女との出会いは笑える程に最悪で。
当時私がお付き合いしていたバンドマンが浮気をし、お互いのバンドメンバーなどを巻き込みハチャメチャに揉めたのだが、その時に彼氏の浮気相手だと共通の知人から紹介されたのが彼女だった。
知人は「アイツはどっちにも自分に都合良く話すと思うから、お互い辛いだろうけど2人で直接話した方が色々と真実が分かると思うよ」と言いその場を設けた。
少し面倒に思いつつ促されるまま顔を合わせた彼女は目が覚める程愛らしい顔で私を見ていたのを今でも覚えている。
浮気が分かった時。
私は荒れに荒れ、彼氏(以下、クソ男)を一通り罵倒した後家を飛び出した。
冬の寒空の下。
泣きながら自分のバンドメンバーの家に向かい歩いて行く。
その道中「何で勝手に転がり込んで住み着いているクソ男がぬくぬくと暖かい部屋に残って家主である私の方が外に飛び出してんだよ!」と、悲しみを完全に怒りが追い越して冷静にもなった。
あのクソ野郎!
浮気しといて!
冬に軽装で飛び出した私を!
追い掛けても来やしねぇ!!
その後バンドメンバー達に慰められ元気の出た私は帰宅をするとクソ男を部屋から追い出した。
少ない荷物を全て持たせ、外に押し出して扉を閉じた。
その瞬間だけ無性に胸が苦しくなって一人で咽び泣きもしたけれど。
この苦しみまでもクソ男のせいなのだと思えば、切ない身体の震えも武者震いへ変わる。
そうして数日もすると私の中にクソ男に対する未練は微塵もなくなり。
クソ男との出会い自体が私の人生の歴史に汚点として刻まれた。
その数日後。
冒頭の彼女との出会いになる。
知人によって連れて来られた彼女は息を飲むほど愛らしくて。
私は瞬間的に愛おしいと感じてしまったのだ。
もちろん少し冷静になってから彼女に対して嫉妬や女としての敗北感がフツフツと腹の底に芽生えそうになったりもしたが、結局は彼女を愛おしいと感じる強烈な想いに押し流されて消えていく。
私も彼女くらい可愛ければ恋人に心変わりをされる惨めな人生を送らないで済んだかもしれないだなんて。
そんな羨ましさは時々首をもたげたけれど。
それプラス浮気相手すら寛大に許すイイ女ぶっていたのもあったのかもしれない。
何しろ当時は本当に心が混乱していた。
複雑だけどチンケな感情達。
それを押し流すデカイ愛おしさ。
自分でもこの場でどう思うのが正解なのか分からないまま彼女への想いを持て余す中。
目の前の彼女は小さな身体を所在無さげに震わせると、控え目な話し方をしながら大きな目を上目遣いにしてこちらの様子を窺う仕草をする。
その全てが完璧で。
私の頭の中は彼女でいっぱいになった。
知人に促されたとはいえ私に会いに来るのにどれだけの勇気を使ったのだろう?
そう思うと私の持てる優しさを彼女に全部あげたいなんて。
私はたったの一瞬で気持ちが悪い程彼女にのめり込んでいった。
その頃の彼女は私が追い出したクソ男と一緒に暮らしているようだった。
なぜそんな男だと分かった今でも囚われているのか!?
酷く歯痒さを感じるけれど、私にクソ男を手放す事が出来たからといって彼女にも容易くそれが出来るとは限らない事は胸に留めて置かなければならない。
私にはあるバンドメンバーや家族の支え、それらが彼女にはないのかもしれない。
クソ男と離れ一人になる事に対し彼女は私とは違い大きな恐怖を感じているのかもしれない。
彼女を救い出したい一身で私は言葉も行動も尽くす。
毎日のように連絡を取り合い私は彼女を元気付けた。
彼女も辛い事があると泣きながら私に電話を掛けてくるようになった。
無理矢理引き離そうと強い言葉を使ってしまえば「元カノが嫉妬で口を出してくる」なんて勘違いをされせっかくここまで築いた関係がリセットされてしまうかもしれない。
私は強く手を引きたい想いをグッと飲み込み、優しい声色と態度で「困ったらウチにおいで」とだけ伝えていた。
彼女に庇護欲を掻き立てられその時の私は自分の持てる全てを注いで彼女を愛していた。
それを彼女も笑顔で受け取ってくれていたから。
私はまるで自分がお姫様を護るナイトにでもなった気になって調子に乗っていた。
恋愛感情とは違った。
クソ男さえ心を入れ換えこれからは彼女と向き合うつもりでいるのなら、彼女がクソ男を想ってその身を委ねたいと望むのなら、私は進んで背中を押せるくらいそういった意味での独占欲はなかった。
もうただ何よりも彼女が可愛くて。
その感情に自分でも名前は最後まで付けられなかった。
彼女の不安を少しでも取り去りたくて抱きしめた時の感触が。
体温が。
匂いが。
泣き付く小さな手も。
震える声で私の名を呼んで。
涙の跡が残る顔で弱く笑う。
その全てが愛おしい。
彼女に一番想われてその身に触れるのがクソ男でも構わないけれど、彼女を笑顔にするのは私が一番沢山が良いだなんて。
一時とはいえ愛し合った筈の元恋人に対してとは思えない対抗心を燃やしてもいた。
少し経って。
切っ掛けは何だっただろうか?
それももうはっきりとは思い出せないけれど、きっと本当にくだらない事で。
久しぶりに連絡を取り合ったクソ男と私は電話口で口論になった。
付き合っていた頃の金銭的な問題か、迷惑を掛けてしまったお互いのバンドの事か、それら全て含めた複合的な事だったかもしれない。
言い争った挙句、お節介だと頭では分かっていたのに「彼女の事を真剣に考えろ」だなんて余計な口出しもしてしまったのだ。
その途端。
唐突に電話口の声が別人に変わる。
「グダグダうるっせぇんだよ!!」
高くて可愛い声。
だけど飛び出すのはそれに似つかわしくない罵倒。
「てめぇに関係ねぇだろ!!何なんだよ!!」
続けて捲し立てられた。
意味が分からない。
それは間違いなく彼女の声だ。
だけど言われている言葉の殆どが分からなくて。
いや、言葉の意味は分かるけれど、なぜ彼女が私にそんな言葉をぶつけて来るのかの理解が追い付かない…。
少し考えた私は思った。
もしかしたら彼女は何か誤解をしているのではないだろうか?
私とクソ男が連絡を取り合っていた事に怒っているのかもしれない。
私は必死に誤解を解こうと弁解を試みる。
「貴女と彼を邪魔する気はないんだよ?」
「うるせぇ!いつも偉そうにごちゃごちゃ言いやがって!」
瞬間、ひとつの言葉が耳から突き抜けて脳に刺さった。
いつも?
もしかして、今誤解して激高しているだけでなく、以前から私に対して良くない感情があったの?
言葉を発せない私に彼女は続ける。
「お前なんか最初から嫌いだったんだよ!」
「このクソ人間!」
「偽善者!!」
気が付くと通話は切れていた。
恐らく耐えきれなくなって私が終わらせたんだと思うけど、記憶が曖昧で定かではない。
呆然と項垂れる一人の部屋。
静かなそこに先程の彼女の声が反響している錯覚に陥る。
「最初から嫌いだった!」
最初から嫌いだった!
最初から嫌いだった?
そうか。
最初からか。
「嫌い」か。
私の事が嫌いだったのか。
泣く事も出来ずにうずくまる。
最後の彼女の声は震えていた。
恐らく泣いていたのだろう。
横から慰めているようなクソ男の声が耳に触った。
私は。
私が彼女を笑顔にしたかったのに。
私が彼女を泣かせてしまった。
ついこの前まで私の言葉で笑顔になってくれていたのに。
だけど私が彼女に見たものは全て私が見たいように見ていた虚像に過ぎないのだろうと思い知る。
だって私が本当に彼女の事を理解出来ていれば、最初から嫌いだったなんて言葉は出てこない距離感で居られた筈なのだから。
悪夢とも白昼夢ともカテゴライズ出来ない寝覚めの悪い夢から覚めた心地で私は彼女のデータをスマホから削除した。
その後、暫く経ち落ち着きを取り戻した私に周囲の者達が口を揃えて言う。
「あんた普通じゃなかったよ」と。
「恋人の浮気相手が可愛いとかあんた狂ってたよ?」
身も蓋もない。
けど、今なら自分でもそう思う。
「いくらクソ男が一番悪いと言っても、あんたっていう恋人が居ると分かってて浮気しといて、後からあんたに甘えまくって。その子も頭おかしいよ?」
それも最もだ。
私が彼女の立場だったら私に顔向け出来ないと、今更に彼女の異常性に気付く。
また別の知人にも言われた。
「女の敵は女」と。
「あなたがどれだけ悪いのは浮気する男であって相手の女の子に怒りはないって考えだとしても、相手もそうだとは限らないからね?」
なるほどな。
私にとって彼女は同じ男に苦しめられた同志であり愛おしく掛け替えのない存在になったけれど、彼女にとって私はどこまで行っても愛する男の元カノでしかないのだろう。
毎日私と連絡を取っていたのも、泣いてクソ男との日常を愚痴ったのだって、今思えば牽制を含め私のクソ男への気持ちをリアルタイムで確認していただけの事だ。
いつしか私の中にあったクソ男への怒りも彼女への愛しさもしょんぼりと萎み、それらが詰まっていた部分にはポッカリと大きな穴が空いていた。
という出来事を経て作詞をしました。
10年以上経った今彼女はどうしているのだろうか?と時々ふと思い出しては懐かしい気持ちになります。
今でもクソ男と居るのかそれぞれ別の所で生きているのかは分かりませんが、今は皆幸せに暮らしていると良いなと思えます。
二度と関わりたくはないですが。
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