オオイヌノフグリとまさお

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オオイヌノフグリとまさお

春も半ばに差し掛かると、土手や公園の端っこにブルーの小さな花が咲く。 私はその花が好きだ。 好きだけど、好きだからこそ解せないことがある。 『オオイヌノフグリ』 ねぇ、大犬の陰囊だよ? あんなに可愛いお花に『オオイヌノフグリ』だなんて名前、一体誰が付けたのだろうか。 きっととんでもないアホたれだ。 大昔、あれはまだ私がうら若き10代の頃。 好奇心に駆られ、はじめて夜のお店の1日体験入店をした。 その店の店長は大変頭の可笑しな男で、1日体入の私の源氏名を決める時に、唐突に遠い目をしながら昔話をしだした。 それは更に遡ること10ン年前、当時店長は売れないホストをしており、その時に顔がホストっぽくないからと言う理由で、黒服から『まさお 』と名付けられてしまったらしい。 聖也、龍星、涼。 それらの中に唐突に平仮名で『まさお』である。 まさおさんというお名前自体は大変良いお名前だとは思うが、夜の男に付けるにはちょっと落ち着きすぎている。 そのことが大層ショックだった店長は、自分がお店の女の子に名前を付ける時は皆平等に可愛いのを考えてあげたいんだと語っていた。 なかなか良い店長ではないか。 そしてそんな前フリの後に私にくれた名前。 命名「不二子」 え…? ゴリゴリの漢字表記。 もっとリナとかレイナとかミイナとかのカタカナが似合う名前があろう! MAXかよ!とか、お前も大概センス古いな!とかは言わないで欲しい。 容易く傷付くから。 いや誤解の無い様言っておくと、不二子は良い名前だ。 しかし、10代の夜の蝶に付けるにはちょいとばかし油が乗りすぎてやしないだろうか。 自分が漢字の名前が欲しかったからって、私の名前でその願望を昇華しないで頂きたい。 不満に任せ、いじけ気味に私は理由を訊ねた。 まさお曰く、私に足りない物はおっぱいと色気だから(失礼にも程がある)、その全てを兼ね備えた峰不二子から名前を頂戴すればいいんじゃないかとかなんとか。 とにかく理由をごちゃごちゃ言ってたけど、純粋にこいつアホなんじゃないかと思った。 そして店の営業時間が近付き、所属している女の子が続々と出勤してくる中、店長はNO.1と思われる女の子を勉三と呼んでいた。 もう確実にアホだし、こいつさては昔の経験から何も学んでねぇな。 その日1日働き、自分的にはそれなりに上手く接客したつもりでいたが結果は「不採用」だった。 「不二子は夜の世界向いてないね!カウンセラーとかやればいいよ」と微笑むまさお。 おい。 私は男にちやほやされて稼ぎたいんじゃ。 カウンセラーなんかやってられっかよ。 それに不採用なら不二子って呼ぶんじゃねぇ。 と若いその時の私は思った。 しかし、その後違うお店で何件か働いてはみたものの、結局向いてなくてどのお店もすぐに辞めたてしまった。 そして、ン10年経った今、まさにカウンセラーの勉強をしているって言う…。 人生どうなるかわからないものだ。 たったの1日しか触れ合わなかった人。 顔も声も覚えていない。 なんなら名前も年齢も知らない。 (ホスト時代の源氏名はまさお) だけど印象深い人だった。 まさお店長…。 きっとそのまさお店長みたいなアホが「オオイヌノフグリ」とか付けたんだろうな。
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