崩落

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崩落

 オリヴィエの持つ魔力は冷酷な彼女に相応しい氷。  しかしながらその実力は決して優れたものではない。はっきり言ってしまえば、六人の中では圧倒的に劣る。『恋乙』の最後には今までズルをして強い魔法を使えるかのように見せかけ、〈宮廷魔術師〉になれるよう工作していた事が露呈し、それもまた彼女の追放理由の一つとなっている。  魔力で劣る彼女の事だから、呆気なく殺されたのも仕方のないところだ。あの闇のナイフを突然突き立てられれば、オリヴィエの微々たる魔力では抵抗する暇も無かっただろう。  逆に言うと、彼女一人いなくなったところで〈宮廷魔術師〉の争奪戦の動向にはさして影響もないと言える。オリヴィエは誰がどう見たって無印か大穴だ。もし犯人の目的が「自分が〈宮廷魔術師〉に選ばれる事」にあるのだとすれば、他の実力者を狙う方が遥かに都合がいい。  とすれば犯人は、第二、第三の獲物を狙っている可能性がある。  六人の中で一人しか〈宮廷魔術師〉になれないという誤った情報を盲信しているがために、自分以外の人間を蹴落とそうと企んでいるかもしれないのだ。  そもそもどうしてオリヴィエはそんな見当違いの情報を彼らにもたらしたのか。今さら悔やんだところでどうにもならない。死人に口なしとはまさにこの事だ。 「ねぇ、エルサス。もし第一に狙われるとすれば、誰だと思う?」 「そうだね。実際に力を試したわけじゃないから本当のところはわからないけど、実力者としての呼び声が高いのはドエムだと思う」  ドエム――エリュテイア王国騎士団長の息子。筋骨隆々の彫像のような肉体を持つ彼は幼い頃から騎士としての修練を積み、剣や馬術においても並ぶ者はいない。生まれながらにして戦うために生まれてきたような男である。その上〈宮廷魔術師〉の候補に挙げられるほどの魔力まで備えているというのだから、まさに向かう所敵なしだ。  逆に言うと、下馬評では圧倒的に優位な彼が、わざわざ他の人間を蹴り落とすような真似を企てるとは考え難い。ドエムは騎士道精神が骨まで染み込んだ実直な人間でもある。 「となると、怪しいのはフロイかしら」 「フロイには悪いけど、僕もそう思った。ドエムはやりそうにないし、オリヴィエが殺されたと知った時のアレンの取り乱し様を見たら、彼も違うような気がする。でも、フロイならやりかねないとは思える」  赤毛の三白眼――フロイのいかにも悪そうな風貌を思い出す。男爵子息の彼の家は国随一のお金持ちで、フロイ自身もギャンブルや金儲けの話が三度の飯よりも好き。勝負を有利に運ぶため、という発想が一番似合うのは彼に間違いない。  もっともその見た目に似合わず、誰よりも情に篤い一面も持ち合わせる思いやり溢れる男だったりもするんだけど。
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