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「とにかくこれで、今日一日飲まず食わずの状態からは免れそうだ。なんとか夜にはベッドで眠らせて欲しいところだけど」
お腹が満たされると、ほっとしたようにエルサスは白い歯を覗かせた。
二人で並んでパコナの実を頬張る内に、すっかり夜の帳が落ちてしまった。
月明かりだけが差し込む薄暗い森の中に、虫の音と鳥の声だけが聞こえて来る。
残念だがこの状況では、他の三人と和解してぐっすり安眠を貪るなんて叶いそうもない。
最悪野宿も視野に入れつつ、安心して夜明けを待てる場所を探す事になりそうだ……と立ち上がりかけたところで、エルサスが眉を潜めた。
「待ってシャール。なんだか焦げ臭い匂いがする」
「焦げ臭いって? どこかで焚火でもおこしてるのかしら?」
「いや、違う。これは……」
エルサスが西の空を指差した。木立の隙間から、薄っすらと夕焼け色に染まる空が見えた。
もう太陽が落ちてだいぶ時間が過ぎたかと思っていたけど、気のせいだったのかしら?
しばらく眺めているうちに、沈んでいくはずの夕陽がむしろ明るさを増していくのに気づいて、私は息を飲んだ。
あれは夕陽じゃない。燃えているのは空じゃない。
――森だ。
森を焼き尽くせんとばかりに勢いを増して燃え上がる炎が、私達に迫りつつあるのだ。
「ど、どうして? まさか山火事?」
「こんな事するのは彼しか考えられない。フロイだ」
エルサスが言った、次の瞬間だった。
炎の中から物凄い勢いで飛び出した無数火の球が、私達に向かってきた。
「来たっ! 逃げるぞっ!」
慌てて躱した私達の目の前で、火の球は地面や木にぶつかった瞬間ドォン! と爆音をあげて爆発し、周囲を炎に包む。
間違いなくこれは、魔法の力――火の魔力を持つフロイが放った〈火球〉なのだろう。
『恋乙』の中では彼の火の魔法なんて、バーベキューで仕留めた獲物をあっという間に丸焼きにするぐらいの見せ場しかなかったというのに。
まさか私を焼こうとするなんて!
逃げ惑う私達を丸焼きにせんとばかりに、次から次へと〈火球〉が襲い掛かった。躱したとしても、火球は着弾した先を広範囲に延焼する。まるで焼夷弾のような身も蓋もない攻撃だ。
「フロイのやつ、島中丸焼きにする気か? こんな炎、僕の風で吹き飛ばしてやる!」
「エルサス、駄目!」
私が止める間もなく、エルサスは〈風壁〉を放った。風が面となって燃え上がる炎に襲い掛かる……かと思いきや、炎はむしろ勢いを増して燃え上がった。
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