開幕

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開幕

 私は元々、日本に住む月並みな……いや、正直に言えば陰キャに分類される底辺女子高生だった。  学校生活はキラキラしたものとは程遠く、ただ波風を立てぬよう、忍者のごとく気配を消してやり過ごすだけのもの。帰宅してから自分の部屋に籠り、大好きな漫画やアニメ、ラノベにゲームの世界にどっぷり浸る事で心の安息を得るという毎日。  そんな私が学校帰り、バッグから千切れ落ちた推しのキーホルダーを拾いに駆け戻ろうとしたところ、ものの見事にトラックに轢かれーー目が覚めてみたら全く覚えの無い深い森の中だった。  しかも言葉もうまく喋れないほど小さな子ども姿で、怖くてぶるぶる震えていたところを見つけてくれたのが養父である狩人のゲハルト。  ゲハルトは自分の住む村へ私を連れ帰り、養女として育ててくれる事になった。  そうして私はこの世界で新たに人生をやり直す事になったのである。  前世の記憶を残したまま、という不可解な状態で。  新たな世界はゲームも無ければラノベも漫画も、娯楽というものがほとんど存在しない古代の農山村みたいに質素な暮らしだったけれど、野山を駆けまわり、作物を育て、その日その日を気ままに過ごすだけの生活は、意外にも私の性に合っていた。  村の中で私一人だけ、魔法のような力が使えるのも驚きだった。私は狩人である養父に付き添い、山に入っては、魔法の力を使って獲物を捕らえたり、時には獰猛な獣から自分達の身を守ったりした。養父は大いに喜び、村の人々は私を神の申し子のように大事に扱ってくれた。  そんな風にチヤホヤされるなんて、前世の私には想像もできない状況だった。何せ同年代の男子どころか、大人にだってお世辞にも「可愛いね」なんて言って貰った事なんてなかったんだから。  でもそれはよくよく考えてみれば、今世に生まれた私が生まれ持った天性の才能だったのである。  少しずつ成長していく中で、私は一つの符合に気付いた。  この世界は私が前世でプレイしていた『男女六人ウッキウキ魔法合宿!夏だ!海だ!恋せよ乙女!(略:恋乙)』という恋愛シミュレーションゲームによく似ていて、どう考えても私はそのヒロイン役であるシャールになっているとしか思えないのだ。  毛先だけがくるんとカールした栗色の髪と、はしばみ色の大きな瞳が特徴的な、小柄でキュートな女の子。  私が何度となく自分を投影し、こんな子になれたらいいなと夢に見ながら、ゲームの中で操作してきたキャラクターだ。  疑念が確信に変わったのはつい先日。十六歳になったある日、突如王国から送られてきた一通の手紙を見た瞬間だった。  私の力を聞きつけた国が〈宮廷魔術師〉となるための試練を受けるためにタムランド島へ渡るように命じるもので、まさに『恋乙』のシナリオ通りの展開だった。  そうして私はこの島へとやってきた。  この世界が『恋乙』であり、私がヒロインのシャールである以上、これから何が起こるのか、自分がどうなるのかも全て理解した上で。
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