追跡

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追跡

「なんなのよ、これ!」  私は肩で息し、木々の間を駆け抜けながら叫んだ。 「こんなのシナリオになかったじゃない! 信じられない!」  本当なら初日の今頃は、早速みんなで海に出掛けてボール遊びや海水浴を満喫しているはずだったのに。  悪役令嬢オリヴィエの嫌がらせで水着を隠された私のために、アレンが目を瞑ったまま合宿所まで連れ帰ってくれるというドッキドキの展開もあるはずだったのに。  ひぃひぃ言いながら逃げ回る羽目になるなんて!  ましてやアレンの魔法の威力の恐ろしい事!  一応全員が魔法を使えるという設定ではあるものの、『恋乙』のゲーム中では彼らが魔法を使うのはパラグライダーで空を飛んだり、土の塊から小さな可愛らしいゴーレムを生み出したりと、恋のスパイス的な場面に限られていた。  もちろん私自身にも魔法の力は備わっているわけで、本気を出せば人を殺めるぐらいの効果を発揮する事は想像がつかないでもなかったが……銃を撃った事があるのと、実際に人から撃たれるのとでは大きな違いだ。思い出しただけで、足が震えて来る。  なんとかアレンの魔法が届かない場所までは逃げられたようだけれど、すぐに追いつかれる可能性がある以上、十分に距離を取る必要があった。  ストーリーの軌道修正を目論むにせよ、ゆっくり頭を整理する時間が欲しかった。  王都ハイセルンで大事に大事に育てられた彼らに比べ、この十六年、野山を駆けずり回って過ごして来た田舎者の私には体力的なアドバンテージがあるはずだ。部屋に籠ってラノベとゲームにばかり夢中になっていた前世の私であればとっくの昔にへばっていただろうが、野生児へと変貌を遂げた今の私に死角はない。  優男揃いの彼らは、私に追いつけやしないだろう。警戒すべきはせいぜい筋肉マッチョなドエムぐらいか。  そうして走り回る私は、ふと、上空の影に気を取られた。  鳥……だろうか。それにしては大きい。ゲームをプレイ中には特にそんな描写を見た覚えはなかったが、大鷲とか、それに類するような巨大な鳥がこの島に住んでいたりするのだろうか。  首を傾げた私は、鳥の影がピタリと私を追うようについて来ている事に気付いて、はたと立ち止まった。  その瞬間、空に一筋の光のようなものが煌めいたように見えた。  危ない!  私の本能が危険を訴え、咄嗟に地面に身を伏せる。  直後――見えない巨大な鎌で刈り取られたように、轟音をあげながら目の前の木々がバタバタと倒れた。  積み重なった倒木で、あっという間に進路を塞がれる。
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