追跡

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 ――今のは、なんだ?  倒れた木の切断面は、どれもこれもまるで鋭利な刃物で切ったように平滑だ。  もしかして、あの鳥が……見上げようとした瞬間、再び風圧を感じ、慌てて身を翻す。私の頭上スレスレを過ぎった何かが、再び木々をなぎ倒した。  間違いない。あいつの攻撃だ。  もう一度見上げた頭上を、巨大な鳥の影が横切る。翼に見えたそれは、よく見ればパラグライダーのような形をしていた。  その中央に光る白銀の煌めき。  あの特徴的な髪色は、エルサスだ!  先祖代々天文学者を務め、エリュテイア王国の文化の礎は全てかの書庫にあるとすら言われる由緒正しき伯爵家の子息。  息子であるエルサスもまた非凡な頭脳を受け継ぎ、十六歳にして既に右に出るものはいないと言われる。  それと同時に思い出す。  『恋乙』におけるエルサスとのイベントの中に、二人でパラグライダーのような〈天羽〉という道具に乗って空を飛ぶシーンがあった事を。  風の魔力を持つ彼は、大きな羽根を上手く風に乗せる事で自在に空を飛べるのだ。  二人きりで誰もいない大空を飛びながら、眼下に広がる雄大な自然にうっとりするというシナリオだ。空を飛べない私が飛ぶためにはエルサスが密着するように抱きかかえる必要があるから、一気に二人の親密度が急上昇するというエルサスラインの一番の花形ともいえるイベントだ。 「シャールの心臓がドキドキしているのが伝わってくるよ」 「そ、そういうエルサスだって! ほ、ほら、こんなに素敵な景色見せられたら、ドキドキするに決まってるじゃない」 「そうかな。少なくとも僕の胸が高鳴ってる理由は、景色のせいじゃないと思うよ」 「……え?」 「僕にとっては景色よりも素敵なものが、すぐ目の前にあるから」  そんなやりとりをしながら空の上で過ごす、二人きりの甘い時間を演出する道具だったはずなのに。  あろうことかエルサスは、私を追い回す道具として〈天羽〉を乗り回しているのだ。その是非はともかくとして――  やばい。  背筋に冷たいものが走る。  あんな乗り物を駆使して追いかけて来るだなんて、いくら何でもルール違反だ。この狭い島では逃げようがないじゃないか。 「諦めて降伏するんだ! 僕もできれば君を傷つけたりはしたくない!」  私が気づいたと察したようで、上空から呼び掛けてくるエルサス。その右手が大きく払われた瞬間、先ほどと同じ目に見えない刃が出現するのがわかった。 「痛っ!」  今度こそ躱し損ね、二の腕に走った痛みに顔をしかめた。私の身体のすぐ横をすり抜けた刃が、服ごと私の身体を切り裂き、鮮血が迸った。  おそらくかまいたちのような原理の魔法なのだろう。風の刃を放ち、対象物を傷つけるのだ。彼もまた、アレン同様に『恋乙』の中では披露する事の無かった攻撃的な魔法を使う事ができるらしい。  私は右手で傷口を覆った。身体の奥底に眠るぼんやりとした魔力の塊に意識を傾け、手のひらを通じて傷口へと送り込む。魔法の力で、血液が元々持つ回復力を増幅させる。  大丈夫。深手じゃない。このぐらいならすぐに塞がるはず。
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