事件発生

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事件発生

 窓から差し込む朝の光に、私は目を覚ました。  外から聞こえてくる風に揺れる木々のさざめきと、微かに響く波の音に、この場所が住み慣れた部屋ではない事を思い出す。  ここはエリュテイア海の孤島タムランドに、国が特別に用意した合宿所。昨日の夕方この島にやってきた私達にとって、今日から特別な日々が始まるのだ。  布団から抜け出し、大きく伸びをする。慣れない枕のせいで寝つきは良くなかったはずなのに、気分は決して悪くはなかった。  まだ静かなところをみると、みんなまだ起床していないのだろうか。  男性陣が寝ているのは好都合だ。今の内に顔でも洗ってしまおう。その後は朝食の準備にでも取り掛かろうか。  食事程わかりやすく異性の好感度を上げる手段はない。もう一人いる女性は自分から率先してキッチンに立つようなタイプではないし、遠慮なく独り占めさせて貰おう。  それにしても――と昨晩の出来事を思い出す。 「なんだか臭うわ。こんな得体の知れない人と一緒に生活するなんて、私、信じられません」  自己紹介をした私に対し、男性陣はみんな気さくに受け入れてくれたというのに、公爵令嬢のオリヴィエだけが嫌悪感を露わにした。その後もネチネチネチネチと事ある度に私を見下し、侮蔑するような言動を繰り返し……彼女の役割を考えれば覚悟していた事ではあったが、これから一週間も彼女と共に過ごし続ける事は、私にとって憂鬱の種だった。  どうせ一週間が過ぎれば彼女は破滅する運命なのだから、それまで我慢すればいいだけなのだけど。  部屋を出て、幾つかのドアが並ぶ廊下の先の大きな両開きの扉に手を掛ける。この先が食堂も兼ねた大広間。昨晩も夜遅くまで騒いでいた場所だ。  確か一番最後まで残っていたのはエルサスとフロイだったか。  お坊ちゃま育ちの彼らは、ちゃんと後片付けしてくれただろうか。  そう危ぶみながら扉を開け――思いがけぬ光景に、私は目を疑った。  部屋の中央、カーペットの上にフリルと刺繍がふんだんにあしらわれた派手な赤いドレスが横たわっていた。幾重にも巻かれた特徴的な縦ロールのブロンドヘア。今まで一度たりとも日の光を浴びた事のないような透き通った白い肌。  そして――その胸に突き刺さったひと振りの黒いナイフ。  眠っているかのような穏やかな表情で息絶えているのは、公爵令嬢オリヴィエに間違いなかった。
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