アイラブユー

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 僕は昔からアイツが憎くてたまらなかった。  アイツは何もかも僕より優れていて、人望があり、そのくせ小賢しく、人の心を持たず、金にがめつく姑息で傲慢で強欲で残忍だった。僕は常にアイツの行動の尻拭いをしていて、アイツのせいで貧乏くじばかり引かされる人生だった。  アイツさえいなければ。  僕は常にそんなことばかり考えて生きていた。  だからアイツを犯罪者に仕立ててしまおうという一心で、彼へ彼女を飼うよう説得した。用心深いアイツを数か月かけ説き伏せて彼女を購入させ、飼育させて、アイツが彼女を生活必需品だと思い始めた絶好のタイミングで僕は警察に「ある男がとある少女を飼っている」と密告した。  べつに、アイツが僕のことを警察に洩らそうが、僕は心底どうでもよかった。アイツが犯罪者になってくれさえすれば、その他のことなどもう本当に、何もかも構いやしなかった。僕がアイツよりも重い罪で裁かれようが、死刑になろうが、これっぽっちも興味なんてなかったのだ。  だから、アイツが檻の中から【あの子を頼むよ】と手紙を寄越したときも、全くその意味を理解できなかった。それはアイツがそれほどまで彼女のことを狂おしく思っていたというただそれだけの話なのだけれど、僕には彼女がそこまでの価値を持つ女の子だとはこれっぽっちも思えなかった。ちょっと見た目が整っているだけの、頭の悪い、行儀も悪い、躾のなっていない犬猫以下の彼女を、アイツがなぜそれほどまでに大切に思うのだ?  僕はあらゆる手段を用いて周囲を騙し、アイツの役割を受け継いで彼女を飼い始めた。  アイツの感情を根底から否定するため、つまり僕が彼女を愛おしいと感じずにいられることを証明するために、僕は彼女を僕のペット兼家族として受け入れた。そしておそらく、それは近いうち失敗に終わる。  先日、アイツが刑務所の中で死んだと聞いた。自殺だとか病死だとか刑務官に殴り殺されただとか、様々な話も聞こえてきたが少なくとも死罪だったわけではないらしい。僕は彼女にアイツが死んだことを伝えてある。そのとき、彼女は心底嬉しそうに、やったー! と叫んだ。ちょうど、夕飯が肉だと知ったときの彼女の様子と似ていたかもしれない。  目の前の彼女が僕をちらちらと見ていることに気づく。僕は呆れたように笑って、はいどうぞ、と彼女に自身の皿をそっくり渡してやる。彼女は、やったー! と叫びながら破顔し、僕の食べかけの肉をうまそうに貪り始める。  近い将来僕の罪が暴かれ、それによって僕が死んだなら、そのときにも彼女は、やったー! と心の底から笑ってくれるのだろうか。そうであったらいいなあと、僕は彼女に常々期待している。
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