アイラブユー

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「殺したてだからね、鮮度は抜群だよ」  そう彼奴が繰り返し言うものだから奮発して買ったというのに、キッチンで包みを開けてみればその肉はどう考えても解体して相当な日数が経過しているようだった。いつもそうだ、彼奴は目先の金にばかり目が眩み、その先のことは何一つも考えられやしない。  もしも僕が人並みの金を常に持っているような男だったなら、彼奴の店なんて見向きもしないのだろう。「金がない」というのはつまり「選択肢がない」とイコールだ。  ピンクや赤というより赤土、あるいはエンジに近い色合いの肉を前に溜息をひとつ、僕は渋々調理を始める。とにかく買ってしまったのだから仕方ない、今日はこれを食べるほかないだろう。  肉は腐る直前がうまいのだと、昔誰かが言っていた。腐る直前がうまいとするなら、半分腐っていればなおさらうまいに違いない。僕はふざけた理論で自身を洗脳し、キッチンにあるほとんどのハーブをごちゃ混ぜにして腐敗寸前のそれに力いっぱい擦り込んでやる。  冷たい生肉の表面に、僕の体温が少しずつ移動していく。何度触っても僕は肉の質感を好きになれない。やわらかいのに芯があるようで、芯があるのにグニグニと不安定なのだ。薄気味悪くて仕方がない。  あの子は生肉を触っても何ともないと言う。いい加減彼女との役割を元に戻したいなあと思いつつ、僕はなかなかそれを彼女に言い出せないでいる。
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